107 敵モンスターと宴会をしました

 怪我人をニダベリルに運搬するのに、クロス兄の力が必要だった。

 俺とイヴァンは子供の体格だから大人の男を背負うのは難しい。

 本当は背中に乗せて運ぶのが楽なんだけど「人間を背中に乗せるのは絶対嫌だ」というクロス兄は、怪我人を口にくわえた。第三者的には、狼が獲物を巣に運んでるみたいに見える。

 

「……何だかニダベリルが騒がしいな」

「ゼフィ?」

 

 街の中から大地小人ドワーフたちの騒ぐ声が聞こえてきて、俺は首をかしげた。

 イヴァンは聞こえないらしく、きょとんとしている。

 たぶん俺はフェンリルだから人間より耳が良い。

 不吉な予感はしないし、大丈夫だろう。

 

「ただいまー……って、皆なにしてるの?」

 

 裏口からニダベリルに入ると、照明が付いて明るくなった街の往来で、大地小人ドワーフたちは酒樽を取り出して宴会をしていた。

 

「明かりが付いた! なんてめでたいんだ!」

「めでたい時は宴会じゃ!」

「飲めや~騒げや~」

 

 げっ、ここの人たち、本当に飲み会が好きなんだな。

 大地小人たちは酒のつまみに、真っ赤なザリガニを豪快に殻ごと噛み砕いていた。

 ハサミの付いた頭部を胴体から引きちぎると、プリプリの白い身が現れる。

 うまそ~~。

 

「おお! 主役の小僧が帰ってきたぞ」

 

 恐ろしいことに真面目に見えた市長のバーガーさんが率先して飲んでいる。

 俺を見つけて、ジョッキを手にバーガーさんが近づいてきた。

 

「ニダベリルに明かりが戻ったのは小僧のおかげだ!」

「まだ外のモンスターや邪神が片付いてないけど」

「明日のことは明日考えれば良い! さあお前も飲め!」

 

 麦酒エールがなみなみと注がれたジョッキを差し出される。

 

「えーっと、俺はちょっと……」

「遠慮せずにグイといけ」


 バーガーさんは引き下がる気配がない。

 俺は腹をくくってジョッキを受け取った。

 

「いただきます」

「こらゼフィ、お前の年齢で酒はまだはやい……」

 

 クロス兄は慌てて口を開いて俺を止めようとした。

 地面に怪我人がボトっと落ちる。

 未成年はお酒禁止って、今更だよ兄たん。

 

「ごくごくごく」

「おー、一気飲みしろ!」

 

 一気飲み音頭が始まった。

 浮かれて手を叩く大地小人。

 俺はお腹が熱くなって頭がぼーっとしてきた。

 

「ぷはっ、お酒おいしーい!」

「そうだろうそうだろう」

 

 なんだか気持ち良くなってきた。

 誰かれ構わずお酒を振る舞いたい気分だ。

 

「このお酒、外のひとたちにも分けてきて良いですかー?」

「もちろんいいぞ~~」

 

 俺が聞くと、バーガーさんは快く了承してくれた。

 近くに転がっている小さめの酒樽をつかんで持ち上げると、俺は地面を蹴って跳躍する。

 

「面白いことになってきたのぅ」

 

 肩の上で師匠のヨルムンガンドが小躍りしている。

 

「おい、ゼフィ!」

 

 イヴァンが目を丸くしている。兄たんが焦った様子で追いかけてきた。

 そんな心配しなくてもいいのに。

 

「えいやっ」

 

 俺は前回モンスターの上に飛び降りた時に作った壁の穴、穴を塞いでいる氷を蹴って割ると、外に飛び出した。

 外では、街の壁に向かってモンスターや邪神ヒルデが突進しているところだった。

 

「あら坊や、さっきの借りを返させてもらうわよ。今度こそ綺麗な本にしてあげるわ」

「のーさんきゅー! それよりもお酒とどけにきたよー!」

「へ?」

 

 俺を見上げて何か言っている邪神ヒルデの上に、酒樽の中身をぶちまける。

 独特のアルコール臭が広がった。

 

「うっわ、酒臭い!」

「えへへ。おいしー?」

「ちょっと何考えてるのよ?!」

 

 お酒を頭からかぶったヒルデが、文句を言っている。

 

「酒の量が足りんから増やしてやろう。それっ!」

 

 ヨルムンガンドが合図すると、酒樽の底から金色の酒が沸いてきた。

 まるで噴水のようにモンスターの上に降り注ぐ。

 

「さっすが師匠ー」

「ふっふっふ。すごいだろう」 

 

 師匠は肩の上で大威張りだ。

 俺は地面に降り立ちながら、何か足りないと思った。

 前に大地小人にご馳走になったお酒は燃えていたな……。

 

「分かった、火だ!」

 

 指をパチリと鳴らす。

 最近おぼえた火の魔法を使った。

 モンスターたちが悲鳴を上げる。

 俺の使った火の魔法は、ものすごい速度で燃え広がって、あたりを火の海にしてしまった。

 

「うぎゃあああっ、熱い! 熱い!」

「すごいぞゼフィくん、もっとやれー!」

 

 火だるまになって転げまわるモンスターと、邪神ヒルデ。

 師匠は拍手喝采だ。

 

「ゼフィ!」

 

 クロス兄がびゅーんと飛び込んでくると、俺の首根っこをくわえて跳躍した。

 

「あ、ちょっと兄たん」

「酔っているのか、こんなことをしでかして! ヨルムンガンドさまも、はしゃぎすぎだ!」

 

 宴会を中断されて俺はむくれた。

 クロス兄は俺の様子に構わず、壁の穴を通ってニダベリルの中に戻ろうとする。

 

「覚えてなさい!」

 

 ヒルデは俺を見上げて叫び、氷結監獄アイスプリズンに引き返して行った。

 ニダベリルの壁の前はモンスターの死屍累々だ。

 おかしいな。お酒を飲ませてあげるだけのつもりだったんだけど。

  

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