106 川から人間が流れてきました

 ガーランドさんは天牙を「打ち直す」と言ったが、修理するというよりは、今の天牙を材料にして新しい剣を打つということになるらしい。

 折れた剣は二度と元の姿に戻らない。

 

「徹夜で新しい剣を打つつもりだが、それでも一週間かかると思ってくれ」

「分かった。天牙をよろしく頼むよ」

 

 俺は最後に天牙の姿を目に焼き付けると、ガーランドさんを信頼して剣を預けた。

 

「それにしても暗いなあ」

 

 天井を見上げる。

 スズラン型の照明は明かりが付かないままで、大地小人ドワーフたちも落ち着かない様子だった。

 

「街の外、東に流れる川に設置された水車の力で、灯りを付けておるのじゃ。今暗いということは、水車が止まっておるということ。モンスターたちが壊したのかもしれん」

 

 ゴッホさんが俺に説明してくれる。

 

「剣が出来るまで暇だから、見に行こっか」

 

 水車ってどんなだろ? わくわく。

 

「ひとりで行くな、ゼフィ」

 

 クロス兄が服を噛んで、長い尻尾をふぁさりと俺の胴体に巻き付けた。

 兄たんは邪神ヒルデとの戦いから元のフェンリルサイズに戻っている。

 大地小人ドワーフたちは尋常じゃないサイズの白銀の狼を恐々遠巻きにしていた。

 

「ゼフィ、荷物の中に変なものが入ってたぞ」

「なに?」

 

 イヴァンが俺の荷物からズルズルと青いものを引きずり出す。

 

「Zzzz……」

「ヨルムンガンド師匠……」

 

 なぜこんなところに。

 イヴァンは荷物から出てきた師匠を適当な場所に放り出そうとする。

 

「昔、リュックの中に蛇がまぎれこんでたことがあったけど、これもそんな感じか。その辺に捨ててこようか?」

「捨てちゃ駄目だ」

 

 慌てて俺はイヴァンの手から師匠を取り上げた。

 青い小さな竜の姿をした師匠、東の海の神獣ヨルムンガンドをゆさゆさ揺する。

 計画的な犯行らしく、師匠は黒いアイマスクを付けて気持ちよさそうに寝ていた。

 

「起きてよ師匠。どうしてここにいるの?」

「むむ……いつのまにか涼しい場所に移動している。ばっちり避暑地だ! フェンリル兄弟に付いてくれば、涼しい場所に旅行できると思ったのだ」

「避暑地じゃないよ……」

 

 師匠は火山の麓の街レイガスの暑さに参っていたらしい。

 俺が出かけるのに気付いて、こっそり荷物に入って付いてきたようだ。

 確かに地下迷宮都市ニダベリルはひんやりしていて、とても涼しい。

 ヨルムンガンドはいそいそと俺の肩によじのぼった。

 

「イヴァン、俺は兄たんと水車を見に行ってくるよ」

「俺も行く。水車が壊れていたら、直さないとな」

 

 イヴァンは工具と提灯ランタンを持って俺の隣に並んだ。

 

「エムリット、ツレテイッテ」

「川は足場が良くないかもだからなー」

 

 俺はピョンピョンするエムリットを地面に転がした。

 今回こいつは留守番だ。

 

「気を付けて行ってこいよ」

 

 ゴッホさんの見送りを受け、俺たちは裏口からニダベリルの外に出た。

 邪神ヒルデとモンスターが暴れているのは、逆側らしく、こちらに敵の姿はない。

 

「あ……川が枯れてる?!」

 

 提灯ランタンで川を照らして、イヴァンが愕然とする。

 前に見た時は透明な水をたたえていた水面が、今は岩が転がる坂道に変貌している。

 

「私を連れてきていて良かったな」

「師匠」

「水を流せば良いのだろう?」

 

 俺の肩の上でヨルムンガンドが「ふんっ!」と尻尾を振った。

 途端に上流からチョロチョロと水が流れ始めた。

 見る間に元の水量に戻っていく。

 

「水車が回る音がするぞ……」

 

 イヴァンの言う通り、遠くでギーコギーコと重い音が響きだしている。

 水車は直ったのかな。

 師匠は肩から身を乗り出すように川を眺めた。

 

「ゼフィ、昔話は知っているかな」

「唐突になに?」

「川で爺様と婆様が洗濯をしていると、上流から桃が流れてきたのだ」

「その心は……」

「腹が減ったので川に果物が流れてこないだろうかと期待している」

 

 さすがにないんじゃないかな……。

 地上の森の川ならともかく、ここ地下迷宮都市ニダベリルだし。

 

「おい、何か流れてきたぞ!」

「え、本当に?!」

 

 クロス兄が上流に鼻づらを向けて吠えた。

 まじで果物が流れてきたの?

 

「……って、なんだ、死体じゃないか」

「ぎゃあああっ、死体じゃないか、じゃないっ!」

 

 血まみれの男がどんぶらこっこと流れてきたところだった。

 俺は残念で溜息を吐く。

 イヴァンは死体を指さして絶叫している。

 

「桃ではなかったか……む? その人間、生きているようだぞ」

「ん?」

 

 ヨルムンガンドの言葉に、俺は死体を観察した。

 白い指先がピクリと動く。

 なんだ生きてるのかあ。

 仕方ないからニダベリルに運び込んで、介抱してあげようかな。 


 

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