106 川から人間が流れてきました(10/13 改稿)

「それにしても暗いなあ」

 

 天井を見上げる。

 モンスターの襲撃以来、スズラン型の照明は明かりが付かないままで、大地小人ドワーフたちも落ち着かない様子だった。

 

「街の外、東に流れる川に設置された水車の力で、灯りを付けておるのじゃ。今暗いということは、水車が止まっておるということ。モンスターどもが壊したのかもしれん」

 

 ゴッホさんが、俺に説明してくれる。

 

「水車を直したら、明るくなるの?」

「そうじゃが……」

 

 俺の無邪気な疑問に、大地小人ドワーフたちは視線を逸らした。

 外に出ると、モンスターと鉢合わせする可能性がある。

 そんな危険な場所に誰も行きたくないだろう。

 

「俺が水車を直しに行く」

 

 決然と名乗りを上げたのは、イヴァンだった。

 バーガーさんが気まずそうに「お前はもうこの街と関係ないのに」と呟く。

 

「わしらが、お前たちを追い出したにもかかわらず、そっちの銀髪の小僧もお前も、なんでそう優しいのだ」

 

 俺たちに嫌がらせのようなことをしていたバーガーさん。

 今は後悔しているようだ。

 

「気にしないでください。この街には友人もいますし、ニダベリルが壊滅したら、俺も寝覚めが悪い」

 

 イヴァンは涼しい顔で返した。

 飲んだくれ同盟の大地小人が感激した表情でイヴァンを見ている。

 俺は「はいはーい」と手を上げた。

 

「俺も行くよイヴァン。弱っちいイヴァンには護衛が必要だろ?」

「弱っちいは余計だ」

 

 少し唇を尖らせて文句を言いながらも、イヴァンの口元はゆるんでいる。

 俺はイヴァンの手を握って一緒に歩き出した。

 友達をひとりで行かせられないもんな。

 

「そして俺はゼフィの保護者だ。ゼフィはまだ小さくて、お守が必要だからな!」

 

 クロス兄が長い尻尾でふぁさりと俺の背中を叩く。

 兄たんは邪神ヒルデとの戦いから元のフェンリルサイズに戻っている。

 大地小人ドワーフたちは尋常じゃないサイズの白銀の狼を恐々遠巻きにしていた。

 

「ゼフィ、荷物の中に変なものが入ってるぞ」

「なに?」

 

 歩きながら、イヴァンが俺の荷物からズルズルと青いものを引きずり出した。

 

「Zzzz……」

「ヨルムンガンド師匠……」

 

 なぜこんなところに。

 イヴァンは、荷物から出てきた師匠を適当な場所に放り出そうとする。

 

「昔、リュックの中に蛇がまぎれこんでたことがあったけど、これもそんな感じか。その辺に捨ててこようか?」

「捨てちゃ駄目だ」

 

 慌てて俺はイヴァンの手から師匠を取り上げた。

 青い小さな竜の姿をした師匠、東の海の神獣ヨルムンガンドをゆさゆさ揺する。

 計画的な犯行らしく、師匠は黒いアイマスクを付けて気持ちよさそうに寝ていた。

 

「起きてよ師匠。どうしてここにいるの?」

「むむ……いつのまにか涼しい場所に移動している。ばっちり避暑地だ! フェンリル兄弟に付いてくれば、涼しい場所に旅行できると思ったのだ」

「避暑地じゃないよ……」

 

 師匠は火山の麓の街レイガスの暑さに参っていたらしい。

 俺が出かけるのに気付いて、こっそり荷物に入って付いてきたようだ。

 確かに地下迷宮都市ニダベリルはひんやりしていて、とても涼しい。

 ヨルムンガンドはいそいそと俺の肩によじのぼった。

 

「気を付けて行ってこいよ」

 

 ゴッホさんの見送りを受け、俺たちは裏口からニダベリルの外に出た。

 邪神ヒルデとモンスターが暴れているのは逆側なので、こちらに敵の姿はない。

 

「あ……川が枯れてる?!」

 

 提灯ランタンで川を照らして、イヴァンが愕然とする。

 前に見た時は透明な水をたたえていた水面が、今は岩が転がる坂道に変貌している。

 

「私を連れてきていて良かったな」

「師匠」

「水を流せば良いのだろう?」

 

 俺の肩の上でヨルムンガンドが「ふんっ!」と尻尾を振った。

 途端に上流からチョロチョロと水が流れ始めた。

 見る間に元の水量に戻っていく。

 

「水車が回る音がするぞ……」

 

 イヴァンの言う通り、遠くでギーコギーコと重い音が響きだしている。

 水車は直ったのかな。

 一応、確認のために水車まで近寄った。

 水車は想像していたより何倍も巨大で、クロス兄くらいの大きさがある。

 

「おっきい……」

「壊れていないか点検しておこう」

 

 イヴァンは水車の根本に歩いていって、工具で何か作業を始めた。

 作業が終わる間、俺は川に足をひたしてジャブジャブ遊ぶ。

 ときどき、銀色の小魚がぴょんと跳ねた。

 

「ゼフィ、昔話は知っているかな」

「唐突になに?」


 師匠は肩から身を乗り出すように川を眺めている。

 

「川で爺様と婆様が洗濯をしていると、上流から桃が流れてきたのだ」

「その心は……」

「腹が減ったので川に果物が流れてこないだろうかと期待している」

 

 さすがにないんじゃないかな……。

 地上の森の川ならともかく、ここ地下迷宮都市ニダベリルだし。

 

「おい、何か流れてきたぞ!」

「え、本当に?!」

 

 クロス兄が上流に鼻づらを向けて吠えた。

 まじで果物が流れてきたの?

 

「……って、なんだ、死体じゃないか」

「ぎゃあああっ、死体じゃないか、じゃないっ!」

 

 血まみれの男がどんぶらこっこと流れてきたところだった。

 俺は残念で溜息を吐く。

 イヴァンは死体を指さして絶叫している。

 

「桃ではなかったか……む? その人間、生きているようだぞ」

「ん?」

 

 ヨルムンガンドの言葉に、俺は死体を観察した。

 白い指先がピクリと動く。

 なんだ生きてるのかあ。

 仕方ないからニダベリルに運び込んで、介抱してあげようかな。 


 

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