105 天牙はグレードアップするらしいです
「おのれ……一度ならず二度までも!」
ヒルデの切断された右腕から、水銀のような血がしたたる。
「許さないわよ、坊や!」
それはこちらの台詞だ。
ジャンプして飛びかかってくるヒルデに剣を向ける。
刃にヒビが入った剣を。
次の一撃を振るいたくない。
だけど振るわなきゃいけない。
「――蒼天突き」
力強く踏み込んで、ヒルデの喉目掛けて勢い良く突く。
銀光が女の喉を直撃した。
ガリリと鈍い音を立て、剣の切っ先が折れ飛ぶ。
「ひっ、あぐ!」
ヒルデは傷付いた喉をかきむしった。
「俺の弟に手を出すな!」
クロス兄がヒルデのムカデの尻尾をくわえ、首を回して壁にぶん投げた。
ヒルデの身体は壁にぶつかってめり込み、土埃を上げる。
「今の内に!」
俺は
子供とクロス兄と一緒に内側に飛び込んで、扉を閉める。
「危ないところじゃったな」
ゴッホさんは俺たちを見て、安心した顔になった。
俺は折れた切っ先を気にしないようにしながら、天牙を鞘に収める。
震えている子供に微笑みかけた。
「大丈夫だったか」
「う、うん」
「……余所者が」
誰かがポツリと言った。
街は天井の照明が付いておらず薄暗い。
「バーガー市長の言う通りだ。余所者が来たから、こんなことになったんだ」
暗い顔をした大地小人たちは口々に呟いた。
「ニダベリルの明かりが消えるなんて前代未聞だ。ぜんぶ余所者のせいだ。こいつらを外に突き出せば、モンスターどもは満足するんじゃないか」
「おい!」
ゴッホさんが怒る。
俺はそっと天牙の鞘を撫でる。
この雰囲気には覚えがある。
人間だった頃、英雄だった俺に手のひらを返した祖国の人々。
彼らは石を投げて罵倒し、天牙を取り上げて俺を追放した。
「……戯けたことを言うな、馬鹿者ども!」
突然、力強い声が、民衆を一喝した。
取り巻きを引き連れて、バーガーさんが現れる。
「ニダベリルから明かりが消えたのと、余所者の行動に、なんの因果関係があるか! 聞いていて呆れるわ! 明かりが付かないのは、単に外の川を使ったハツデン装置が壊れておるだけだ」
「バーガーさん、あんた、余所者を批判してたじゃないか」
一番、俺たちに冷たかったバーガーさんが、俺たちの肩を持ったので、大地小人たちは騒然となった。
「それはそれ、これはこれ、だ。元から、このニダベリルはモンスターに囲まれた迷宮都市じゃ。迷い込んできた人間がモンスターを狩るのを、ワシも支援しておった。それはお前たちも知っておろう」
「それは……」
「迷い人はワシらから大切なものを奪っていく事もある。じゃが、大切なものを守ってくれる事もある。ひとつ言えるのは、迷い人なしにニダベリルの繁栄は無かったという事じゃ」
バーガーさんは、折れた剣を手にうつむく俺の前に歩いてきた。
「子供を助けてくれたそうだな。感謝する」
「!!」
俺はハッと顔を上げた。
目の前には、真摯な表情のバーガーさんが、すまなそうな顔をして立っている。
「引き続き、ニダベリルの防衛に力を貸してくれるか」
バーガーさんは軽く頭を下げて頼んできた。
「バーガーさん……」
助けてあげたいのは山々だけど、俺の剣は折れちゃったしな……。
あの超硬いヒルデを倒す方法はあるのだろうか。
「坊主!」
「あ、飲んだくれ同盟のガーランドさん」
イヴァンの酒場で出会い、昨晩は夕御飯をご馳走になった、飲んだくれ同盟のガーランドさんが大股に歩み寄ってくる。
「その剣を貸してみい。俺が打ち直してやろう」
「え、できるの?!」
「そうだな、見たところソイツは大地小人の技術で作られた剣だ。このニダベリルは大地小人の街だからな、剣を修復する技術を大昔から継承している」
天牙が直せそうだと聞いて、俺は気持ちが明るくなった。
「ゼフィ!」
イヴァンが小脇にエムリットを抱えて駆け寄ってくる。
「モニターで見ていた。大変だったな」
「イヴァン、エムリットの充電は終わったんだね」
「ああ。ところで、あのヒルデとか言う邪神は、面白いことを言っていたな。皮膚を
イヴァンはニヤリと笑った。
「もしこのニダベリルに、
「え……まさか」
「おいガーランド、大地小人の秘伝には、
俺と同様、目を丸くしていたガーランドさんは、我が意を得たりと頷いた。
「当然だ! 坊主は俺たちの心の友! 全身全霊を注いで、邪神を真っ二つにする剣を作ってやるぜ!」
な、なんだか凄いことになってきたけど……天牙がグレードアップ?
それって副作用で、可愛い女の子の精霊メープルが筋肉ムキムキになっちゃったりしないよな?
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