103 時計台に入りました

 生ハムを食べて帰ってくるとエムリットが虫の息だった。

 

「……デンチ、ザンリョウ、五パーセント……」

「エムリット?!」

 

 瞳が赤くなってピカピカ点滅している。

 

「これは……悠長にバーガーさんを説得してる場合じゃないな」

 

 イヴァンは顔をしかめた。

 いざとなったら俺の時の魔法で巻き戻せるとはいえ、同じ時間を何回もやり直すと、魔法が効かなくなる気がする。

 

「とはいえ、無断で時計台に入ると話がこじれるぞ。ワシがバーガーのところに行くから、坊主とイヴァンは時計台に行け」

「ありがとうゴッホさん!」

 

 ゴッホさんはペンチを持ってバーガーさんの家に向かった。ペンチ、何に使うんだろう……。

 

「今度こそ、私を忘れないでね、ゼフィ!」

 

 荷物と一緒に置いた愛剣天牙から、精霊の少女メープルが俺に呼びかける。

 前回、剣が無くて困ったから持ってきたんだった。

 

「もちろんだよ」

 

 俺は人間の姿に変身して天牙をつかんだ。

 

「行こう!」

 

 俺たちは街の中央にある時計台に向かう。

 時計台の建物は円筒形で、壁に植物のような金属の装飾が張り付いているので、樹木のようにも見える。

 扉は頑丈そうなかんぬきで閉められていたが。

 

「――ハッ!」

 

 気合一閃、俺は天牙で閂を切った。

 

「非常時だから仕方ないとはいえ……良い出来の閂だったのにな」

 

 イヴァンは残念そうに真っ二つになった閂を見ている。

 

「わお……」

 

 俺は思わず息を呑んだ。

 時計台内部は上空からうっすら光が射しこみ、淡い光の中、巨大な金属の歯車がゆっくり回っている。歯車の周囲には微細な埃が舞っていたが、それらは光を反射して黄金の粒子のように揺らめいていた。

 壁に沿って螺旋階段が上まで続いている。

 天井を見上げながら、俺はエムリットを小脇に抱え直した。

 

「俺は出入口を見張っていよう」

 

 クロス兄はそう言ってどっかりと扉の前に座り込む。

 

「よろしく兄たん」

 

 俺はクロス兄に手を振り、イヴァンと階段を登っていく。

 トントンと足音が時計台の中にこだました。

 頂上まで登ると、小さな部屋があった。

 

「デンチはどこにあるんだ……?」

「ジュウデンジュウデン!」

「あ、エムリット?!」

 

 辺りを見回すイヴァンを尻目に、エムリットは俺の腕から抜け出して、部屋の中央の黒い箱までビョーンと跳ねた。どこに隠していたのか、身体から触手を出して黒い箱につなげている。

 黒い箱を食べてるのか?

 

「ジュウデンカイシ」

「よく分からないけど、この黒い箱がデンチってこと?」

 

 俺は長方形の黒い箱を撫でた。

 

「これがデンチだったのか……俺も初めて知ったよ」

 

 イヴァンが興味深そうに黒い箱を観察する。

 俺たちはエムリットの食事が終わるのを静かに待った。

 今は夜明けの直前だ。

 日の光が射さない地下迷宮都市ニダベリルは、人工の照明を消して非常灯だけになり薄い暗闇に沈んでいる。酒飲みの大地小人ドワーフも夜明け前は眠るらしく、街は静寂に包まれていた。

 

 時計台の内部に設置してある、古い時計の長針が、夜明けの点灯する時間、五時の寸前でカチリと止まる。

 

「なんだ……?」

 

 突如、けたたましい銅鑼の音が街に響き渡る。

 俺は時計台の最上部の窓から顔を出して、通りの様子を確かめた。

 起き出した人が、明かりが付かない異常事態に騒然としている。

 暗い通りに大地小人の兵士が駆け込んできた。

 

「東西南北の門を閉めろー! モンスターが攻めてきたぞ!」

 

 何だって?

 俺が振り返るとイヴァンは仰天していた。

 

「今までモンスターがニダベリルを攻めてきたことはなかった。あいつらは迷宮の一定範囲をうろついていて、そこから出ない」

「……ソトノ、ジョウキョウ、モニターニダシマス」

「エムリット?」

 

 まだ黒い箱にくっついたままのエムリットが、何かしゃべった。

 と同時に、部屋の中の空中に四角い窓が現れる。

 窓の中には氷柱を背景に、ムカデの胴体をした女性がモンスターを連れて前進している光景が写っていた。

 

「どこにいる? 銀髪の人間の子供! 私の図書館を焼き払った罪は重いわよ!」

 

 もしかして俺を探してる?

 

「……思い出した、ヒルデだ!」

「イヴァン、知ってるの?」

「知ってるもなにも、お前が氷結監獄アイスプリズンでやっつけた、人間を本にする邪神だよ!」

 

 ああ、あのけばいおばちゃん。

 倒したと思ったのに生きてたのか?

 

「邪神はそう簡単に死なないわよ……ふふふ」

 

 ヒルデは俺たちの会話を聞いていたように高笑いした。

 

「失った書物の冊数分、ニダベリルの大地小人を本にしてくれるわ! あははははははっ!」

 

 モンスターはヒルデの命令に従い、ニダベリルの壁に体当たりする。

 地震と轟音が街の中に響いた。

 せっかくニダベリルは良い方向に進みんでいて、大地小人たちは希望を持ち始めているのに。

 許さないぞ、邪神ヒルデ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る