102 俺のご飯を取らないで兄たん

 働いたらお腹空いたなあ。

 バーガーさんに花を届けた後、俺は子狼の姿のまま、ニダベリルの中にあるゴッホさんの家に戻ってきた。

 とてとてとて。

 

「おお、戻ってきたな、ゼフィ! くぅー、可愛い俺の弟よ!」

 

 クロス兄は俺を前足の間に引き込んで毛繕いを始めた。

 最近、人の姿ばっかりだったからな。

 

「ゼフィ……?」

 

 イヴァンが俺を指さして絶句している。

 そういえば子狼の姿を見せるのは初めてだっけ。

 

「銀髪少年、銀狼、子犬……いったいどの姿が本当の姿なんだ?!」

 

 混乱して頭を抱えるイヴァン。

 えー、どれって言われても困っちゃうなあ。

 

「帰ってきたか坊主。そこな兄貴が肉を食いつくしたおかげで、食い物が残っとらんぞ」

 

 ゴッホさんが時計をいじりながら言った。

 俺はギギギとクロス兄を見上げた。

 

「ごはん……?」

「……」

 

 クロス兄は明後日の方向を向いて知らんぷりした。

 ひどい、ひどいよ兄たん!

 

「おれのごはんー!!」

「あっ、ゼフィ」

 

 俺はクロス兄のふわふわ胸毛の間から飛び出した。

 ええい、家出してやる!

 逆戻りして外に出ていく俺を、クロス兄が急いで追いかけようとした。

 しかしその前にイヴァンが立ちふさがる。

 

「どけ、人間!」

「――俺が追いかけます。ゼフィには頭を冷やす時間が必要でしょう」

 

 牙をむき出して唸るクロス兄。

 しかしイヴァンは冷静だった。

 

「必ず連れて戻りますから」

「……」

 

 暗い夜の街に飛び出した俺は、耳をそばだてて、そのやり取りを聞いていた。

 やがて、イヴァンが淡々と歩み寄ってくる。

 

「なんだ、待っていてくれたのか。言うほど怒ってないんだな」

 

 イヴァンは俺の身体をすくいあげて抱っこする。

 俺はぶっすり呟いた。

 

「兄たん、かほごなんだ……」

「うん」

「たまにちょっとあつくるしくなる」

「うん」

 

 母上も兄狼も、俺のことを大事にしてくれる。

 前世の人間の頃は、父親は物心ついた頃に亡くなり、母親は病気がちで俺が成人する前に死んだ。だからフェンリルに生まれ変わってから、糖分高めに甘やかされるこの環境は、嬉しくもあり、少し重くもある。

 

「そのくせ、おれより先にごはん食べちゃうし」

 

 動物だからか本能に忠実だった。

 肉親の情より食欲を優先することもある。

 

「そうか……良い家族なんだな」

「うん」

 

 イヴァンは俺の抱っこしたまま夜の街を歩く。

 こいつと再会して良かったと思うのは、こういう時だ。

 愚痴を言いたい時にイヴァンは重宝する。

 兄たんズは単純な性格だし、ティオは弟子だから弱音を吐きにくい。その点、前世で親友だったこいつなら、静かに話を聞くだろうと分かってる。

 

「おなかすいたー」

「だな」

 

 イヴァンもご飯を食べ損ねたらしく、ちょっと虚ろな目をしている。

 ゴッホさん時計以外は気にしてなさそうだもんね。

  

「あー、あっちから良いにおいがする!」

「ゼフィ、人の家に入るのは」

 

 と言いながらも、イヴァンは俺が指差した方向に歩いて、扉が開いた家をのぞきこむ。

 そこでは大地小人ドワーフの夫婦が食事の準備をしていたところだった。

 俺たちの視線に気付いた彼らが振り向く。

 

「おっ! そこにいるのは我が友イヴァンではないか!」

 

 前に酒飲み勝負で意気投合した、飲んだくれ同盟のおっさんだ。

 イヴァンは表情を明るくした。

 

「ガーランド! 久しぶりだな」

「そう時は経っていないが、ここで会ったが百年目。飲んでいくか? ついでに夕飯も馳走しよう!」

 

 ガーランドというらしい大地小人のおっさんが、にこやかに言う。

 やったね、ご飯ゲットだね!

 後ろで鍋を見ていたガーランド夫人が、照れたように頬に軽く手をあて、片手に持ったお玉で夫をどついた。

  

「嫌だね、あんた。夕飯がついでだなんて! 私の作った夕食より酒の方が美味しいの?!」

「ぐふっ」

 

 めっちゃ笑顔の奥さん、ガーランドさんをお玉で打ち倒す。

 俺とイヴァンは家庭内暴力を目の当たりにして呆然とした。

 

「き、気にするな。いつのものことだ。さあ、食べていってくれ。家内も喜ぶ……」

「どうぞどうぞ!」

 

 晴れた頬をさすりながら俺たちを手招きするガーランドと、夫人。

 

「お邪魔します……」

 

 イヴァンは俺を抱えて恐る恐る家に入り、食卓の前の椅子に座った。

 

「あら可愛いワンちゃん。とっておきのハムをあげようね」

 

 ガーランド夫人は、いそいそと俺の前に生ハムの載った皿を差し出してきた。

 お肉!

 

「最近ニダベリルはどうなんですか?」

 

 イヴァンはガーランドと乾杯をかわしながら世間話を始める。

 ガーランドは「これも食え」と焼いたキノコが乗った皿を押し出しながら答えた。

 

「そうだな。地上への道が通じたから、故郷に帰ろうとする迷い人や、旅に出たいという若い大地小人もいて、混乱しとるよ」

「そうですか……」

「良いことばかりじゃないさ。これからニダベリルがどうなっていくかは、分からない。だが破滅に向かうとかそういうのではなく、これはそれとは真逆の良い変化だ。未来は希望に満ちている。ワシらはお前たちに感謝しとるよ」

 

 俺はテーブルに飛び乗って行儀悪く生ハムをほおばった。うまうま。

 これ持って帰ってクロス兄の前で食べてやろうかな。

 食い意地が張ってる兄たん、悔しがるだろうなあ。

 


 

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