101 ニダベリルに再訪問しました

「エムリット、デンチザンリョウ、十二パーセント……」

 

 足元でころころしながらエムリットが言った言葉を聞いて、俺は本題を思い出した。そうだ、「デンチ」を取りに地下迷宮都市ニダベリルに行くため、ここに来たんだった。

 

「なんじゃ? ここ以外の場所で商売すれば人が来るのか?」

「そうだね。でも今は俺たち、ニダベリルに用があるんだ。案内して、ゴッホさん!」

「あいわかった」

 

 ゴッホさんは屋台を簡単に片付けると、石板を操作した。

 俺たちは白くて丸い石の床に乗る。

 石の床は沈んで地下に降りた。

 真っ暗な空を通り抜け、地下の遺跡に到着する。

 

 ここは氷結監獄アイスプリズンという、迷宮都市ニダベリルの北にある遺跡の奥だ。

 ゴッホさんの案内のもと、寄り道せずに真っ直ぐ迷宮を通り抜ける。

 やがて円形の盾のような形をした、ニダベリルの門が見えてきた。

 

「ひゃっほうー、到着!」

 

 大地小人ドワーフの門番と挨拶をして、街の中に入る。

 

「……懐かしいな」

 

 地下の生活が長かったイヴァンは、ほっと安心したような表情でニダベリルの街を見ている。

 

「ゼフィ、あの緑色の物体は肉か? 良い匂いがするな」

「兄たんあれカエルの肉だよ」

「カエルだと?! 食ったことがない」

 

 クロス兄は軒下に吊られたカエル肉の干物に近付いて、ふんふん匂いを嗅いでいる。

 兄たんは犬サイズに変身しているので、街の人には珍しい白い毛並みの犬に見えているのだろう。クロス兄が近付いてもニコニコしている。

 

「デンチがある時計台に入るには、市長のバーガーさんの許可が必要だが……」

 

 イヴァンが、街の中央にある大きな建物を見上げながら言う。

 ゴッホさんが難しい顔をした。

 

「そいつは難しいな。今、このニダベリルは二つに割れておるのだ。地上と積極的に交流しようとするワシの仲間と、地下に閉じこもろうとするバーガー市長ら一派と」

「喧嘩してるの?」

「うむ。毎夜、酒場で飲み勝負をしておる」

 

 殴りあいじゃなくて、酒飲み勝負なんだ……。

 さすが酒好きの大地小人ドワーフだと、俺は感心する。

 

「また酒飲み勝負で勝てば良いのかなあー」

「市長のバーガーは酒飲み勝負に出んぞ」

「なーんだ」

 

 飲みで勝てば解決かと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。

 

「ゴッホ! なんだそやつらは!」

 

 街の中央広場で話していると、ゴッホさんと同じくらいの年齢の、初老の大地小人ドワーフが歩み寄ってきた。

 

「バーガー」

「バーガーさん!」

 

 ゴッホさんとイヴァンが声を上げる。

 どうやら彼がバーガー市長らしい。

 険悪な形相で俺たちを睨んでいる。

 

「また余所者を街に入れよって!」

「時代遅れじゃぞ、バーガー。外から変化を受け入れないままでは、ニダベリルは滅んでしまう」

「黙れ! 外から来た人間はろくな者がおらん。イヴァンの酒場に出資したのも、間違いじゃった。イヴァン、お前もワシの言うことを聞かず挨拶なしに出ていきおって」

「……すみません」

 

 やむを得ない理由があって出ていったとはいえ、酒場の運営をバックアップしてくれた市長に負い目があるらしく、イヴァンは悄然としている。

 

「ニダベリルに住む大地小人の平穏を守るのが、ワシの務めだ。お前らはさっさと出て行け!」

 

 バーガーさんは一方的に怒鳴って去っていった。

 

「何だかカリカリしてたね。お腹が減ってたのかな」

「ふむ。こんなに肉が吊ってあるのに、贅沢な大地小人だな!」

 

 俺はクロス兄と一緒に首をかしげた。

 

「奴はいつもあの調子だ。あの石頭め」

 

 ゴッホさんは吐き捨てる。

 イヴァンは困った顔だ。

 

「どうしようか、ゼフィ。市長の許可を得ないと時計台に入れないぞ」

「うーん」

 

 時計台に入る方法を考えていると、ゴッホさんが言った。

 

「……奴も昔は、外から来た人間を受け入れていたんだがな。ワシが街から出ているうちに考えが変わったらしい」

「そういえば」

 

 ゴッホさんの言葉に、イヴァンは何か思い付いたように空中に視線をさ迷わせる。

 

「俺の酒場への出資を決めた数年後、バーガーさんの娘さんが亡くなったんだ。娘さんの死後、バーガーさんは人間に冷たくなった」

 

 ほうほう?

 ニヤリと笑った俺に気付き、クロス兄が鼻面を寄せてくる。

 

「何か考えがあるのか、ゼフィ」

「……理由があるなら、それを解決すればいいんだよ」

 

 ここはプリチーな俺の出番っしょ!

 

 

 

 イヴァンと兄たんたちには宿屋で待っていてもらい、俺は変身を解いて子狼の姿に戻った。

 トテトテと歩いて、バーガーさんの家に無断侵入する。

 バーガーさんは俺の侵入に気付かず、机に突っ伏していた。

 

「ああ、メルサ……」

 

 机の上には、精巧な陶器の置物が飾ってあった。

 一輪の花を手に持つ、少女の形をした置物だ。

 

「人間なんぞ信用ならん」

 

 バーガーさんの声は苦しそうだった。

 何があったのかな。

 過去が分かったらいいんだけど……そうだ!

 俺は以前、黄昏薄明雪原トワイライトフィールドの魔王城で、空間に時を巻き戻す魔法を使い、過去に戻ってしまった事を思い出した。

 

 この部屋の空間に時の魔法を掛けてみよう。

 バーガーさんが人間を信用できなくなる、そのきっかけの時間まで、時よ戻れ。

 イメージの時計の針をくるくると逆回転させる。

 今は変身の魔法を使っていない元の子狼の姿なので、余力がある。魔法はスムーズに発動した。あっという間に部屋の景色が歪み、モノクロになる。

 

「お父さん」

 

 そして、可愛い大地小人の女の子が、部屋に現れる。

 

「伝承では、地上には太陽という大きな明かりがあって、緑の草は金色の花を咲かせるんだよね。私、見てみたい!」

「メルサ」

 

 女の子は見た事のない「金色の花」への憧れを語る。

 

「金色の花なんて、ただのおとぎ話だぞ」

「やだ、お父さんったら。私に金色の花の話を教えてくれたのは、お父さんじゃないの」

「そうだったか?」 

 

 バーガーさんは、娘の楽しそうな様子に苦笑していた。

 

「街の外に出るのは危険だからよしなさい」

「大丈夫よ! ライはとっても強い人間の剣士だもの! きっと私を地上に連れて行ってくれるわ」

 

 バーガーさんが止めるのも聞かず、娘のメルサは部屋の外へ出ていく。

 この先の展開は何となく予想が付く。

 俺は魔法で少し時を進めた。

 やがて、涙を流すバーガーさんが部屋に入ってきて、机をドンと叩く。

 

「あんな奴に娘を任せるんじゃなかった!」

 

 バーガーさんの悲痛な叫びが部屋にこだました。

 ポタリポタリと涙が床にしたたる。

 俺は時の魔法を中断した。

 悲嘆に暮れる過去のバーガーさんの背中が、現在のバーガーさんの背中と重なる。

 

「あなたにとっては、時が止まったままなんだね」

 

 理由は分かった。

 俺は静かにバーガーさんの家を出る。

 街の北の遺跡から地上に出て、花畑で花を摘んだ。

 金色の花を。

 急いで回れ右して、ニダベリルに戻ってくる。

 

「はい、約束の花だよ」

 

 俺は子狼の姿で再び家に忍びこみ、バーガーさんの机の上にそっと花を置いた。

  

 

  

◇◇◇ 

 

 

  

 朝になり目が覚めたバーガーは、机の上の金色の花に目を見張った。

 

「いったいどういうことだ……?」

 

 震える手で花をつかむ。

 柔らかい花弁からは心地よい香りがした。

 

 ――お父さん、私、地上が見たいなあ

 

「メルサ……」

 

 ――私の代わりにお父さんが見に行ってくれるよね。

  だって昔はお父さん、地上に興味を持って色々調べていたでしょう?

 

 カチリ、カチリ……と止まっていた時計の針が動き出す。

 バーガーはしばらく花を凝視していたが、我に返ってコップに水をくみ、光をこぼすようにして咲く花をそっとコップに活けた。

 

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