100 そろそろお腹が空いてきました

「たーだいまー!」

 

 俺はレイガスのローリエ領事館に戻ってきた。

 兄たんたちも一緒だ。

 最近、領事館の庭に真白山脈フロストランドへの転移ゲートを設置して開きっぱなしにしているので、庭にうっすら雪が積もってスイセンの花が咲くようになった。庭だけ気候変動して別世界だ。居心地が良くなったので、ウォルト兄とクロス兄は庭でごろごろして、たまに真白山脈フロストランドに帰ったり自由気ままに過ごしている。

 

「エムリットは?」

「今、持ってくる」

 

 イヴァンがいそいそと金属の塊を二階から持って降ろしてきた。

 エムリットは球形をした謎の生き物だ。

 いつも二つの目を光らせ、耳のような羽を広げて、床をピョンピョン跳ねて移動していた。

 しかし今はピクリとも動かない。

 目に光が無く、身体も冷たくなっていた。

 まるで只の置物のようだ。

 

「時の魔法で巻き戻してみるか……」

 

 俺は得意な時の魔法を使って、エムリットが動かなくなる前の時間まで時を巻き戻した。

 エムリットの目に光が灯る。

 

「――キドウカンリョウ。マスターニンシキ。オハヨウ、オハヨウ!」

「おはようエムリット」

 

 エムリットは元気に床を跳ね始める。

 息をつめて様子を見守っていたイヴァンが「良かった」と呟いて、床にへたりこんだ。

 

「俺はてっきり死んでしまったのかと」

「死んでたら俺の時の魔法でも、生き返らないと思う」

 

 試したことは無いが、魔法の師匠のヨルムンガンドに「時の魔法で死者を呼び戻すことはできない。くれぐれも死んだ者に魔法を掛けないように」と注意を受けていた。

 

「エムリット、デンチ、ザンリョウ、十九パーセント」

「??」

「デンチ、キレタラ、テイシシマス」

「どゆこと?」

 

 エムリットが跳ねながら何か言っている。

 俺は首をかしげた。

 

「そうか!」

 

 イヴァンが急に起き上がって大きな声を出す。

 俺はちょっとびっくりした。

 

「な、何?」

「デンチについて、地下迷宮都市ニダベリルで聞いたことがある! ニダベリルの時計塔の一番古い時計は、古代の技術で動いているらしい。その古代の技術で、時計を長時間連続で動かすために、魔力を溜めたデンチというものが使われていたそうだ」

「時計は道具で、エムリットは生き物だろ。関係あるの?」

「いや、エムリットはおそらく道具に近い。金属でできた外骨格の形から人工的な匂いがする。エムリットは人間が作り出した生き物なのかもしれない。そんなことが可能なのは、古代の技術しかない。おそらくエムリットもデンチで動いているんだ」

 

 イヴァンは立て板に水のようにまくしたてるが、俺は正直、何を言っているか分からない。 イヴァンみたいに読書好きでも工作好きでもないから、ピンと来ないのだ。

 

「ニダベリルには、予備のデンチがあったはずだ。取りに行こう!」

「お、おう? ちょっと待って、デンチって結局、何なの?」

「デンチが何……か」

 

 イヴァンは真剣な表情になって、俺を見つめた。

 

「ゼフィ、デンチは、エムリットにとって、食べ物だ。食べなくては死んでしまう」

「!!」

 

 理解しました。

 ご飯、大切だよね!

 

「よし、ニダベリルに行こう!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 ティオが付いてきたいと駄々をこねたが、近衛騎士のロキが「殿下、竜騎士学校で授業をちゃんと受けて下さい」と苦言を呈したため引き留められた。

 前回、俺が穴に落ちて行方不明になり散々心配した兄たんズは、地下迷宮都市ニダベリルに行くと聞いて揉めた。結局、クロス兄が俺に同行し、ウォルト兄が留守番するということで話が落ち着く。

 

 俺とイヴァンとクロス兄は、肥満竜のグスタフに乗り、エーデルシアまで飛んだ。

 エーデルシアには、地下迷宮都市と行き来できる遺跡がある。

 

「兄たん、カトブレパスって魔物の肉が、めっちゃ美味しいんだよ!」

「それは楽しみだな!」

 

 俺とクロス兄は肉の話題で盛り上がった。

 

「エムリット、今度、分解させてくれ」

「イヤ、コノヒト、ヘンタイ! ヘンタイ!」

 

 イヴァンは手をわきわきさせてエムリットを捕まえようとし、エムリットはばたばたと逃げ回っている。

 楽しい空の旅を経てエーデルシアの遺跡、キンポウゲの花畑の中に、グスタフは降り立った。

 

「あれ? あんなところにお店が……」

 

 美味しそうな匂いがする。

 俺とクロス兄は匂いに誘われるままに、屋台に近付いた。

 腕捲りした大地小人ドワーフのおっちゃんが、サイコロ状の肉を串に刺して炭火で炙っている。

 

「らっしゃい! おお、ゼフィの坊主じゃないか」

「ゴッホさん?!」

 

 おっちゃんは、地下迷宮で出会った時計職人のゴッホさんだった。

 

「何やってんの? あ、話を聞く前に、串焼き二つ」

「あいよ」

 

 俺はクロス兄と一緒に肉の串焼きを食べた。

 

「これは旨いな!」

「うまうま!」

 

 イヴァンが呆れている。

 

「話を聞く方が先じゃないか……?」

「ほむはむ!(お腹を満たすのが先だよイヴァンもどう?)」

「食べながらしゃべるのは行儀が悪いぞ、ゼフィ」

 

 俺たちはしばし、肉を食べながらまったりした。

 ゴッホさんは団扇うちわで炭火を煽りながら、説明する。

 

「せっかく地上と行き来できるようになったからの。情報収集のため、地上に店を構えて商品の売り買いをしようかという話になったんじゃ。だが待てど暮らせど、ひとっこひとり客がこん」

「あー、それは……」

 

 俺はイヴァンと目を合わせて微妙な顔をした。

 この地域、エーデルシアは邪神戦争により呪われた土地になってしまい、人が住まなくなってしまっている。

 エーデルシアで商売しても人が来ないだろう。

 商品……売る……そうだ!

 

「別な場所に店を出さない? 具体的にいうと、エスペランサの領事館とか」

「えすぺらんさ?」

 

 ゴッホさんは不思議そうにする。

 クロス兄が首を伸ばして、ゴッホさんの手の串から肉をうばった。あんまりにも自然な動作なので俺以外誰も気付いていない。売る前に肉を食い尽くしそうだな。

 

 

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