99 勝ちたいと思うのは好きだからです

 剣と剣を打ち合う音は楽器の演奏のようにも聞こえる。一人では剣の音色を奏でられない。同等の力量を持つ相手がいないと、綺麗に響かない。

 

「やるね、アンリルさん!」

「っく!」

 

 俺とアンリルさんの持つ練習用の剣がぶつかりあって、澄み切った音を立てた。

 久しぶりの強敵だ。

 剣の試合でわくわくしたのは、同じ無敗の六将だった青竜の騎士との試合ぶりだろうか。

 俺は低身長をいかしてアンリルさんの足元をすくいに行く。

 アンリルさんは跳躍しながら俺に剣を叩きつける。

 

「セイル殿は、ウィクリス流ですか?」

「よく分かったね」

「その変則的な攻撃、ウィクリス流の剣士以外使いませんよ!」

 

 両手剣を扱う剣術は大きく二つの流派に分かれる。

 型を重んじる正統派のクラウン流。

 結果を重んじる変則派のウィクリス流。

 厳密に分かれてる訳じゃなく、両方に属する剣士もいる。だけど、だいたい剣術の師匠がどちらかだったかで決まる場合はほとんどだ。

 俺の場合は踊り子だった母親に剣舞も教わっていたから、そちらの癖も出ている。

 大道芸のようにクルリと剣を回してみせると、アンリルさんは目を見張った。

 その隙に剣を打ち込む。

 剣撃を受け止めたアンリルさんの表情は、最初と比べ凛々しくなっている。

 戦いに集中し始めたようだ。

 

「私は、絶対に勝つ!」

「負けて剣聖を辞めるんじゃなかったっけ?」

「そんなことはもうどうでも良い! 今はあなたに勝ちたいんだ!」

 

 良い返事だ。

 やっぱりアンリルさんは剣士だと思う。

 だってほら、周囲にいるお弟子さんや兵士たちが、正眼に剣を構えるアンリルさんに見惚れている。

 

「俺だって負けるのは嫌だから、手加減してあげないよ」

「望むところだ!」

 

 距離を取った俺とアンリルさんは、互いに奥義を繰り出そうと溜めの動作に入ったところだった。

 練兵場に兵士が走り込んでくる。

 

「失礼します! 討伐したはずの巨人が、再び動き出したとの情報が入りました!」

「!!」

 

 俺とアンリルさんは同時に動きを止めた。

 

「巨人斬りのセイル殿の力をお借りしたく!」

「……私が行く」

 

 アンリルさんは居住まいを正して剣を床に置いた。

 

「セイル殿と剣を合わせ、自分のなすべき事が分かった気がする。民のためでも、エンバーのためでもなく、自分自身のために、私は巨人を倒さなければならない」

 

 闘志に火が付いたらしい。

 やる気になっているアンリルさんの元へ、陰で隠れて様子を見ていたエンバーが走り寄った。

 

「アンリル! 僕を使ってくれ!」

「エンバー」

「僕以外の剣を使って戦うなんて、許さないからな!」

 

 必死な表情のエンバーの手を、アンリルさんはぎゅっと握る。

 

「もちろんだ……力を貸して欲しい、エンバー」

 

 エンバーの姿が光につつまれ、白い鞘に入った美しい直剣がアンリルさんの手に現れる。

 光焔剣を持ったアンリルさんは背筋を伸ばして歩き出した。

 人垣が二つに割れる。

 誰かが「お願いします剣聖さま!」と声援を送ったのを皮切りに、彼女の戦いを応援する声が周囲から沸き上がった。

 

「……セイル殿。ありがとうございました」

 

 すれ違いざま、アンリルさんは小声で俺に礼を言い、軽く頭を下げた。

 どうやら大事なものを取り戻せたみたいだ。良かったな。

 

「ゼフィ、僕らも行こうよ」

「なんで?」

 

 ティオはすっかり巨人と再戦する気満々みたいだ。

 俺は可愛く小首を傾げたみせた。

 

「なんでって……」

「アンリルさんもやる気みたいだし、もう俺がいなくても大丈夫でしょ」

 

 手合わせしてアンリルさんの実力も分かった。

 あんな巨人、本気になったアンリルさんなら難なく切り伏せられるだろう。

 この国の俺の役割は終わった。

 後で報酬のキャビアを届けてくれたら、もう言うことがない。

 

「ゼフィー!!」

 

 練兵場を去るアンリルさんと入れ替わりに、空から太った竜が降りてきた。

 

「グスタフ! それにイヴァン!」

 

 ぽっちゃりめの竜の名前はグスタフ。

 グスタフに乗る赤胴色の髪の青年はイヴァンと言い、地下迷宮都市で再会した俺の元幼馴染である。ちなみに向こうは、俺が幼馴染のルクスだと気付いていないと思われる。今の俺はフェンリルで姿形が違うから仕方ない。

 

「どうしたのイヴァン、そんなに慌てて」

「ゼフィ、エムリットが動かなくなった!」

「なんだって」

 

 エムリットは地下迷宮で拾った、しゃべる丸い金属の塊だ。

 生き物なのか何なのか謎の物体である。

 俺を「ゴシュジンサマ」と呼び、懐いてくる可愛いやつだ。

 地下迷宮から地上に戻った時にエムリットはイヴァンと一緒に、大国エスペランサの街レイガスにあるローリエ領事館に預けてきた。

 剣の精霊をめぐる騒動で、すっかりエムリットのことを忘れかけていたのだが。

 

「俺が床に落としたり、間違って踏んで転んだりしたのがまずかったのかもしれない。ああ、俺の運動神経が悪いから」

「落ち着けイヴァン」

 

 イヴァンは何故か反省会を始める。

 こいつ、何かあるごとに、くよくよ落ち込んだり考え込んだりする性格なんだよな。

 

「エムリットは持ってきてないのか?」

「ロイドさんに預けてきた」

 

 俺が留守中にイヴァンとロイドは物作りで意気投合したらしい。

 グスタフは餌付けしたんだと。

 

「とにかく、レイガスに戻ろう!」

 

 巨人とアンリルさんの戦いが見たいとごねるティオの襟首をひっつかみ、俺は岩の国スウェルレンを出ることにした。ティオのやつ、エスペランサの竜騎士学校のことを忘れてないか。あんまり授業をサボってると、卒業できなくなっちゃうぞ。

 

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