98 剣士になった理由を話します

 アンリルは自分が剣士にふさわしいと思えなかった。

 

「お前には才能がある! 僕が言うのだから、絶対だ!」

  

 いかに国宝の光焔剣の精霊、エンバーの言葉であっても。

 暗殺者だった過去が、彼女の悩みの原因だった。

 

「人殺しの才能と剣士の才能は違う。私は誰かを救える人間じゃない。エンバーは勘違いしているのではないだろうか」

 

 それでも無邪気な精霊の少年を否定することなど出来なくて。

 成り行きで剣聖になってしまったものの、アンリルは困惑し続けていた。暗殺者の頃からの癖で、血を見るとほの暗い衝動が沸き起こる。それもアンリルは、自分が汚れているように感じて後ろめたく思っていた。

 

 あの日。

 スウェルレンを襲った巨人の討伐を命じられた時、ずっと抱えていた不満が顔を出した。

 

「巨人を討伐……? 私は人殺しに長けているだけなのに、できるはずもない」

 

 だから、いっそのこと汚名をかぶって剣聖を辞めようと、エンバーを放り出して撤退したのだ。

 己の身勝手な事情で、期待してくれる国民に背を向けた。

 守るべき民を守らなかった。

 そのことを、城に戻って国王にわざと素直に報告する。

 

「巨人にはとても敵わず、剣を置いて逃げてまいりました」

 

 クビにしてもらうつもりだった。

 しかし、返ってきたのは予想外の言葉。

 

「調子が悪いところ、出撃を命じた余の責任である。アンリル、そなたが無事で良かった!」

「……」 

 

 人の良いスウェルレン国王は、アンリルの無事を泣いて喜んだ。スウェルレンの国民は大地小人ドワーフの血が混じっているせいか、温和で気さくな連中が多い。

 誰もアンリルを責めなかった。

 

「どうしたら剣聖を辞められるんだ?!」

 

 アンリルは思い悩んでいた。

  

 

  

◇◇◇ 

 

 

 

 エンバーが駄々をこねるので、俺はちょっと困っていた。

 

「僕はアンリルの本音を聞き出す自信がない! やっぱり剣士になりたくないと言われたら、宝物庫に千年引きこもる自信がある!」

「だからって俺が聞き出すのも……当人同士の問題だろ」

「ええい、この尊き光焔剣エンバーの言うことが聞けないというのか?!」

 

 エンバーは俺に、アンリルさんが何を考えているか、聞き出して欲しいという。えー、そんなの第三者の俺に教えてくれるかなあ?

 

「もちろん協力してくれるなら報酬を出そう! スウェルレンの名物キャビアはどうだ? 王家御用達の最高級キャビアだ!」

「黒い魚の卵の、プチプチしたやつ? あれ、一度食べてみたかったんだ」

 

 兄たんにも食べさせてあげたい。

 急にエンバーが可哀想になった俺は、協力してあげることにした。けっして高級キャビアに釣られたからではない。

 アンリルさんが働いているという練兵場に向かう。

 

「こんにちわー」

 

 今回は俺ひとりだ。

 と、見せかけて、後ろの方にエンバーとティオが隠れている。俺とアンリルの話を聞くためだ。

 

「セイル殿。私と勝負するために来て下さったのですか」

 

 アンリルは修行中なのか、石の床に正座して精神集中していたが、俺の姿を見て立ち上がった。

 俺は「違う違う」と顔の前で手を振る。

 

「アンリルさんに聞きたいことがあってさ」

「何でしょう」 

 

 剣聖を辞めたいの? と直球で聞いて、答えてくれるだろうか。ここにはティオやエンバー以外にも、修行中の兵士や剣士が俺たちの様子を見ている。

 

「……」

「どうしたのですか、セイル殿」

 

 俺は考えを巡らせて、別なことを聞くことにした。

 

「アンリルさんはどうして剣士になったの?」

 

 そう問いかけると、アンリルさんは動揺した雰囲気になる。

 どういう経緯で剣士になったのか、実際はエンバーに聞いている。

 だけど、それはエンバーの視点だ。

 アンリルさんの視点じゃない。

 剣士になったのが不本意だったならそう言ってくるはずだ。

 アンリルさんは無表情を歪ませ、少し悩んだ後、俺に逆に問い返してきた。

 

「セイル殿はなぜ剣士になったのでしょう。それを先に聞かせてください」

 

 おっと、そう来たか。

 だが答えない訳にはいかない。

 俺はフェンリルになる前の、人間の少年時代に思いを巡らせた。

 

「……幼馴染みの女の子に、剣士に向いてるって、おだてられたからかな」

 

 楓の木が立ち並ぶ森で、彼女は俺に言った。

 

 

 ――ルクスは凄い剣士になるよ!

 

 

 単純な俺はその言葉を信じた。

 一生懸命に森で木剣を振るった。

 

「自分に才能があるか疑わなかったのですか?」

「うーん。褒められて嬉しかったんだ。才能があるかないかより、ただ信じてくれる人のために頑張ろうと思った」

 

 後に幼馴染みの少女の言葉は、全て嘘だったと分かった。

 だけどそれで、積み重ねてきたもの全部が消え去ってしまう訳じゃない。

 

「……私も、同じです。剣の精霊に才能があると言われ、舞い上がってしまった」

 

 その一言で俺には、彼女の気持ちの一部が分かった気がした。

 

「よーし分かった。俺に勝ったら剣聖辞めていいよ!」

「はい?!」


 急にやる気になった俺に、アンリルは盛大な疑問符を頭上に飛ばす。

 

「それは逆では? 私は負けたら剣聖を辞めるつもりで」

「だって俺の方がアンリルより強いし。結果が分かってる勝負をしたって、面白くも何ともないでしょ」

 

 俺はアンリルを挑発する。

 練兵場に集まっていた兵士や、アンリル門下の剣士たちがざわめいた。

 

「剣聖さま、この生意気なガキをやっつけて下さい!」

 

 反感を持ったギャラリーが野次を飛ばす。

 

「誰か練習用の剣を貸して下さい」

 

 俺は手を上げて周囲の人に頼んだ。

 向こうがエンバーを使わないのに、天牙で打ち合うのは不公平だろ。

 

「よろしいのですか?」

 

 練習用に刃をつぶした剣を構えながら、アンリルさんは戸惑った様子で俺に聞く。

 俺はふっと笑った。

 

「楽しもうよ、アンリルさん。ただ才能があると言われただけで、毎日毎日剣を振ってきた訳じゃないでしょ」

「っ!」

「俺と剣を合わせれば分かるよ」

 

 きっかけは他人の言葉だったとしても、その道を選んだのは自分自身だから。苦しいだけじゃ、やってられない。

 

 

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