97 剣は剣士の大事なパートナーですからね!

「……国宝・光焔剣の使い手と手合わせできるなんて光栄です。しかし俺は、先の戦いで片足を痛めておりまして」

 

 俺は考えた末にパーフェクトな断り文句をひねりだした。

 どうだ、無理じいできまい!

 

「……っ!」

 

 途端にひりつくような殺気を感じた。

 無意識に俺は腰の愛剣天牙を抜剣し、彼女の攻撃を受け止めていた。

 

「お見事です」

 

 長い針のような珍しい形をした短剣を俺の前に突きつけ、アンリルさんは淡々と言った。

 

「手合わせしてもらえなければ、私は毎夜あなたの部屋に忍び込んで決闘を申し込むことでしょう」

「怖っ! 俺は他国の貴賓だぞ?! 王様、それでいいの?!」

 

 アンリルさんが力を込めて短剣を押してくるので、俺は天牙を鞘に納められない。

 じりじり力比べをしながら広間の上座にいる王様に呼びかける。

 王様は泣きそうな顔で首を振った。

 

「だってアンリルは剣聖なんだもん。止められないんだもん」

「王様、もうちょっと頑張ろうよ?!」

 

 俺は逃げ場を求めて、パーティー会場を見回した。

 外に向かって開かれたベランダが目に入る。

 

「……お腹が痛くなってきたので、俺はこの辺で失礼します!」

 

 言いながら天牙で短剣をはじき、ベランダにダッシュする。

 森から狼の遠吠えが聞こえた。

 兄たんが俺を呼んでいる。

 

「それでは皆さん、ご機嫌よう」

 

 ベランダの直前で皆を振り返ると、片腕を胸の前にあててお辞儀する。

 外から冷たい北風が吹き込んでくる。

 俺の周囲で雪の結晶が七色に光りながら、くるりくるりと宙を舞った。

 パーティー会場の人々は口を開けて呆然としている。

 俺はさっと身をひるがえしてベランダから飛び降りた。

 

 

 

 重くて暑苦しいパーティー用の晴れ着を脱ぎ捨てると、俺は森の空気を大きく吸い込んだ。

 ああ、自由だ。嬉しいな。

 

「兄たーん!」

 

 森の奥から白銀の獣が突進してくる。

 ウォルト兄とクロス兄の毛皮に抱きついて、俺は匂いをかいだ。

 雪と風の匂いがする。

 

「ゼフィ、その子供はなんだ?」

 

 クロス兄に聞かれて、俺はぎょっとして背後を振り返った。

 

「エンバー?!」

「僕を置いていくな!」

 

 なんと光焔剣の精霊エンバーがくっついてきていた。

 人間じゃないから気配が読めなかったよ。

 

「君、アンリルのところに戻りたいんじゃなかったの?」

「ああ、その通りだ。だがアンリルは、僕を捨てようとしている」

 

 エンバーは決死の表情で俺にすがりついた。

 

「アンリルはお前と手合わせして、わざと負けて僕をお前に押し付け、剣聖を引退するつもりなんだ!」

「引退したいの? なんで?」

「それは……」

 

 俺はエンバーをうながして、近くの大岩の上に座った。

 空には上弦の月が冴え冴えと光っている。

 

「……アンリルと僕の出会いは、十年前のスウェルレン国王暗殺未遂事件にさかのぼる。アンリルは国王を暗殺しにきた、子供の暗殺者だったんだ」

「暗殺者?!」

「国王の寝室に飾られていた光焔剣こと僕は、尋常でない剣気を感じて目覚めた。そして、アンリルに剣の才能があることを国王に告げ、暗殺事件を無かったことにしてもらった」

 

 エンバーは遠くを見ながら、語りだす。

 

「僕にふさわしい使い手になるよう、アンリルを育て導いてきた。だけど最近になってアンリルが僕を煙たがるようになって、初めて気付いたんだ。アンリルは他に選択肢がなかった。暗殺者を続けられないから、僕の使い手になることを選ばざるをえなかったんだ。アンリルは流血を嫌がり、料理人や平和な一般市民の生活にあこがれていた。僕を手放して、引退したいんだ……!」

 

 俺はパーティー会場で食べられなかった七面鳥の丸焼きを思い浮かべて、溜息をついた。

 

「はあ……料理ちょっと食べてから出てきたかったな」

「おい、僕の話を聞けよ!」

「聞いてるよ。エンバー、そのアンリルがどう思ってるかって話、本人に聞いたの?」

 

 聞き返すと、エンバーはハッとしたように顔を歪めた。

 

「……いや。全ては僕の想像に過ぎない」

「じゃあ本人に聞けよ。どうなりたいか、何になりたいのか」

 

 俺は腰の天牙の鞘をそっと撫でた。

 

「たとえ料理人になったとしても……それと剣を手放すかってのは、また別の話さ。だって天牙は大事な俺のパートナーだから」

「ゼフィ……!」

 

 天牙の精霊メープルが空中に現れて、満面の笑みで俺の背中に抱き着いた。

 メープルは明るい空色の長い髪に星のような黄金の瞳、漆黒のドレスを着た華奢な美少女の姿をしている。

 

「ありがとうゼフィ! 私はあなたの敵を切って切って切りまくってあげるわ!」

「メープル、地下迷宮に連れていけなくてごめんな。お詫びにスウェルレンで綺麗に研いでもらうから」

「やっぱりゼフィは最高ね!」

 

 クロス兄が「こういうのを人間の言葉で、イチャイチャなどと言うのではなかろうか」と呟き、ウォルト兄が「ゼフィにとっては爪と牙を研ぐようなものなのだろう」と変な方向に納得している。

 

「僕のアンリルだって、お前らに負けないくらい最高なんだからな!」

 

 エンバーがすっくと立ち上がって吠えた。

 やる気が出たみたいで何よりだ。

 

 

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