96 剣の精霊は強い人間が好きらしい

 別に同情した訳じゃないけど、とりあえずエンバーは連れていくことにした。

 というか、ティオがスウェルレン国王に「国を救ってくれた英雄に感謝するため宴を開きたい」とパーティーに招待されたのだ。場所は以前行ったことのあるボルク城。エンバーの使い手がいるか知らないが、光焔剣エンバーをスウェルレンのお偉いさんに返せば、俺の役目は終わりだろう。

 

「私はエスペランサに帰りますわ」

 

 フレイヤは一足先にエスペランサに帰国するらしい。

 巨人を倒したスウェルレンの街で、俺たちは別れの挨拶をした。

 

「フレイヤさまも招待されてるのでは」

「巨人を倒したのはセイルさまです。それにパーティーなんて……」

 

 ティオはフレイヤを誘ったが、フレイヤは頑なに同行を拒否した。

 肩に乗った青い竜もといヨルムンガンドが補足する。

 

「竜嫌いのフレイヤは、パーティーに参加する機会が少なかったので、人付き合いが苦手なのじゃ」

「おじいさま、言わないで!」

 

 フレイヤは肩からぺいっとヨルムンガンドを放り投げた。

 

「あーれー?!」

「それよりもセイルさま! 二人きりでお話したいことが!」

「へ?」

 

 師匠の姿が瓦礫の向こうに消える。

 唖然とする俺に身を乗り出して、必死な顔をしたフレイヤが「あちらへ」と手招きした。

 言うがままに付いていくと、フレイヤは真っ赤になってうつむく。

 

「どうしたの? 俺に何か用?」

「……」

 

 二人きりになってから、俺はフレイヤが用件を話し出すのを待った。

 

「セイルさまがいなくなって、はっきり自覚したのです。私、セイルさまのことが……す」

「す?」

 

 俺はきょとんとした。

 フレイヤの背後の瓦礫の壁からヨルムンガンドが顔をのぞかせ「いいぞー、もっとやれー」と尻尾を振っている。二人きりじゃないと教えてあげた方が良いかな。

 

「す、好きです!」

 

 ヨルムンガンドの変顔に気を取られていた俺は、フレイヤの言葉を聞き逃した。

 

「ごめん、聞こえなかった。もう一回」

「す……わ、私、お酢が好きです!」

 

 フレイヤはがばっと顔を上げ、やけくそのように叫んだ。

 お酢が好きなの?

 

「次にセイルさまに会う時までに、お酢を使った料理を練習しておきますね!」

「ありがとう……?」

 

 何だか話題が途中で逸れたような。気のせいかな。

 

「セイルさま、はやくエスペランサに帰ってきてくださいね!」

「うん。フレイヤも元気で」 

 

 こうして俺たちはスウェルレンの国王が待つボルク城へ向かうことにした。

 歩いていくと時間がかかるので、白竜スノウに乗って道程を省略する。

 スノウの上には、俺とティオとエンバーが乗った。

 

「ボルク城でアンリルさんに会えればいいね!」

「……」

 

 ティオは、エンバーを励ますように言った。

 エンバーは浮かない顔だ。

 

「アンリルさんって、どんな人?」

 

 ティオはエンバーに問いかけるが、エンバーはむっつり黙って答えない。

 仕方ないので俺に会話の続きを振ってきた。

 

「やっぱりちょっと弱い感じの男の人なのかな。なんだかアールフェスを思い出すね、ゼフィ!」

「アールフェスかあ」

 

 見た目は鋭い美青年で、強そうに見えるのに運動神経ゼロだったアールフェスを思い出す。

 アンリルさんは血が苦手で料理人志望らしい。

 確かに、この情報だけだと気弱な男性のイメージだよな。

 空を見上げていると、天牙の精霊メープルが、俺を覗き込んできた。

 

「私たちは剣の精霊。弱い人を選んだりしないわ」

「うわっ」

 

 突然、出てくるなよ! 心臓に悪いなあ、もう。

 愛剣の天牙は鞘におさめ、腰のベルトに装着して持ってきている。

 メープルは半透明の姿で俺の上空に浮かんでいた。

 

「あれ? 剣の精霊なのに、エンバーは実体があるんだ」

「……僕ほど年月を経た宝剣であれば、霊体ではなく剣を体内におさめた形で人の姿を具現化することも可能なのだ」

 

 エンバーがむっつり言った。

 どうやらメープルはまだそこまで至っていないらしい。

 

「へえー、すごいなあ。話を戻すけど、アンリルって強いのか?」

「当然だろう。この僕が選んだ主だぞ」

 

 エンバーは胸を張る。

 強いのに巨人相手に剣を置いて逃げたのか。

 どんな奴なのか、俺も気になってきたぞ。

 

 

 

 

 ボルク城に着いた俺たちは客室に通された。

 そこで汚れを落として一張羅に着替え、パーティーに出席することになった。

 俺は挨拶だけして、あとはパーティーの料理を味見したら退出しようと思っている。社交とか、フェンリルの俺には関係ないからな。

 王子らしい上等な衣服に身を包んだティオと並んでパーティー会場に入る。

 前に会ったことのあるスウェルレン国王に挨拶をした。

 

「お待ちしておりましたぞ、小さな英雄! この度はよくぞ我が国を巨人の侵略から救ってくださった!」

 

 気さくな王様は、ティオを挨拶と一緒に軽く抱擁して歓迎する。

 王様が次に俺を見たので、俺はフルフル首を横に振った。

 おっさんとハグなんてとんでもない。

 兄たんの白銀の毛皮ならともかく……。

 俺の拒否を察した国王はとても残念そうな顔をした。ハグしたかったらしい。

 

「アンリル!」

 

 一緒にいたエンバーが声を上げる。

 

「……エンバー」

 

 冷えた鋼を思わせる、女性の声がした。

 エンバーが尻尾を振る子犬のようにはしゃいで駆け寄ったのは、一人の女性の前。

 俺は彼女を一目見て、鋭いナイフのような女性だと思った。

 飾り気のない黒い男性用の軍服をアレンジしたものを着て、パーティーに参加している。髪と瞳は艶を含む銀灰の色。整った容姿は凍り付いたように表情が無く、愛想というものが感じられない。

 

「え? え? あのひとがエンバーの主? 男の人じゃないし!」

 

 ティオが驚いた声を上げる。

 俺も事前の予想とだいぶ違うので、少し動揺していた。

 アンリルはまとわりつくエンバーをあしらいながら、俺に向かって歩いてくる。

 

「セイル殿。光焔剣エンバーを連れてきて下さり、ありがとうございました。少し行き違いがあり、別れていたのです」

「う、うん。無事に会えて良かったね」

 

 俺は何となく気圧されて一歩下がって答えた。

 

「私も及ばなかった巨人を討伐されたとのこと。さすがは剣の精霊に選ばれし、たぐいまれなる剣士であらせられる。このアンリル、貴君の剣気に触れ、己を研ぎ直したいと存じます。どうかこの千載一遇の機会、お手合わせ頂けないでしょうか」

「え?!」

 

 むちゃくちゃ飾った言葉で決闘を申し込まれて、俺は思わず声を上げた。

 アンリルの声は冷水のように広間に染み渡る。

 聞いていた人々はどよめいた。

 どうしよう、こんな公衆の面前で……下手に断れないじゃないか。

 

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