95 困った時は料理がしたくなります
俺が巨人を斬った時には、街の半分が壊されている状態だった。
しかし街出身の兵士によると全壊より全然良いらしい。
「ありがとうございます! あなたのおかげで街を復興できます!」
スウェルレンの兵士は俺に感謝した後、仲間を呼んで猛烈な勢いで瓦礫を片付け始めた。避難していた街の人たちも戻ってくるらしい。
俺たちは、街の壊されていない場所で休憩することにした。
ちなみにフェンリル兄たちは砂ぼこりが漂う街が煙いと言って、別の場所で狩りをしている。
ティオやフレイヤと旧交を温めたかった俺だが、その前に迷子の対応が必要だった。
「僕をアンリルの元へ連れて行け!」
剣の精霊エンバーは偉そうに俺に命令した。
「アンリル?」
「僕の主だ」
「お前、置いていかれたの?」
「アンリルは少し……血が苦手なのだ。僕を戦場に残し、栄誉ある撤退を選んだ」
エンバーは憂いを含んだ表情で言う。
俺との会話を聞いていたティオが、バッサリ単純明快にまとめた。
「剣を置いて逃げたんだね」
「戦略的撤退だ!」
エンバーが向きになって叫び返す。
世の中には分かっていても突っ込んであげない方が良いこともあるんだぞ、ティオ。
置いていかれたと認めたくないんだろーなーと思いながら、机に頬杖を付いていると、兵士たちの話し声が聞こえてきた。
「専門の料理人はいないのか?! フレイヤさまや他国の王族がいらしているのだぞ!」
「申し訳ありません、すぐに準備が……」
俺はふと、この場を抜け出して料理が作りたくなった。
何か話したそうにしているフレイヤに向かって、にこっと微笑む。
一瞬でフレイヤは真っ赤になった。
「セイルさま……?」
「俺は少し席を外すよ」
「え?」
脱いだ上着の上に天牙を置くと、椅子からピョンと飛び降りる。
誰にも止められない内にさっと壁の影に滑り込んだ。
脱出成功っと。
食べ物の匂いを辿って廃墟になった街をてくてく歩く。
半壊した建物の台所を覗き込むと、腕まくりした筋肉隆々のおっさんが鍋を前に悩んでいた。
「おや……坊主、どこの子だ?」
俺を見つけて、おっさんは不思議そうにする。
フレイヤ王女やティオと違い、俺は今朝来たばっかりだから顔が割れていない。
無邪気な銀髪美少年を装って天真爛漫な笑顔を浮かべてみせる。
「おじさん、巨人を追い払ってくれてありがとう! 僕も料理手伝うよ!」
「この街の子か? ありがたい。急に料理をしろと上官に言われて困っていたところだったんだ」
おっさんは天の助けと俺を台所に招き入れた。
「料理に使えそうなのは、備蓄の大量のジャガイモと、肉の切れ端しか……」
食材が無くて大したものが作れないと肩を落とすおっさん。
後ろの棚には大量のジャムの瓶が並んでいる。
「それに水が無いんだ。巨人が地震を起こしたせいか、井戸が干上がっちまって」
台所を見回していた俺は、隅っこの井戸の蓋の上で寝ている青い竜を見つけた。
小型サイズに化けている神獣ヨルムンガンドだ。
「師匠、師匠」
お腹を出して寝ているヨルムンガンドを人差し指でつんつんする。
「Zzz……ハッ。ゼフィくんではないか」
「師匠、なんでこんなところで寝てるの?」
「うむ。ここがちょうど居心地が良くてな」
目覚めたヨルムンガンドが小さな羽をぱたぱたさせて浮き上がる。
その時、ゴブゴブと水の音が下から聞こえた。
俺は井戸の蓋を持ち上げる。
「水、沸いてるよ?」
「そんな馬鹿な! さっきまで空だったぞ!」
おっさんは目を見張る。
これはきっとヨルムンガンドのせいだな……。
神獣はそこにいるだけで、土地に恵みを与えるのだ。
ヨルムンガンドは「ふっ。私としたことがつい水を呼んでしまった」と恰好つけて呟きながら、俺の肩に座り込む。
「よし。俺はジャガイモを剥くから、おじさんはお湯を沸かして」
「分かった!」
俺は包丁を借り高速でジャガイモの皮を剥き始めた。
一個数十秒でさらさらと皮を剥いて、大きな鍋に放り込んでいく。
火が通りやすいように軽く四つに切り分けると、ぐつぐつ煮える鍋で茹でた。
十分に火が通ったジャガイモは塩を掛けながら入念につぶしていく。
「お肉は切れ端しかないなら、ミンチにしちゃって」
「おう」
古い玉ねぎも何個か残っていたから、皮を剥いて微塵切りにして、フライパンで飴色になるまで軽く炒める。
ミンチにしたお肉と台所に残っていたパン粉を混ぜて……
「卵はないの?」
「ニワトリも巨人のせいで逃げちまったからな……」
俺は「ちょっと待ってて」とおっさんに断って、転移のゲートを
卵はお肉とパン粉のつなぎに使う。
肉団子を作ってフライパンでしっかり火が通るまで炒める。
牛乳とバターはすりつぶしたジャガイモにくわえて、マッシュポテトに。
「できた!」
お皿にミートボールとマッシュポテトを盛って、コケモモジャムを添えれば、完成。
「こ、こんな美味い料理ができるなんて……!」
おっさんは味見して感激している。
俺はおっさんと協力して、料理が乗った皿をフレイヤたちのところへ運ぶ。
運ぶ途中で俺の正体がばれた。
エスペランサの竜騎士に見つかったのだ。
「おい、その方は巨人討伐の英雄の、セイルさまだぞ!」
「何だって?!」
「……ちょっと料理がしたかったんです」
オフレコでお願いします、と笑ってみせると竜騎士とおっさんは「か、かわいい。本当にこんな少年が巨人を」と絶句する。
俺はフレイヤとティオとエンバーの前に料理の皿を置いた。
「これをセイルさまが……!」
フレイヤが「料理もできるなんて」とショックを受けている。何故だろうか。
ティオは俺が料理できることを知っているので、ミートボールを食べながら「美味しい!」と歓声を上げている。
「……アンリルは、剣士ではなく料理人になりたいと、よく言っていた」
エンバーが料理の皿を見下ろしてポツリと言った。
「なんか聞いている限り、そのアンリルって人、すごく弱虫なんじゃ」
「アンリルは弱虫なんかじゃない!」
ティオの指摘に、エンバーが怒りの声を上げる。
俺はコケモモジャムを付けてミートボールをかじった。
肉汁じゅわっと出てジャムの酸味がちょうどよくて、旨っ。
「俺も料理人やろうかなー。誰かを殺すんじゃなくて、生かす仕事なんて素敵じゃないか。いつでも美味しいご飯が食べられるなんて最高だろ」
俺の言葉に、フレイヤとティオが沈黙する。
反対にエンバーの表情が分かりやすく明るくなった。
そのアンリルって奴のこと、本当に大好きなんだな。
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