94 スウェルレンの危機を救って迷子を拾いました
突然、岩の国スウェルレンに現れた巨人との戦いは続いていた。
咄嗟に王女をかばったティオは腕骨折と擦り傷多数、白竜スノウは翼が折れ、一旦前線から撤退していた。今は後方の同盟国共同ベースキャンプで休んでいる。
「こんなの大した怪我じゃないよ。ね、スノウ」
「キュー(ご主人様、無理しないで)」
ティオはいたわるように相棒の白竜スノウの鼻づらを撫でる。
巨人は今、住民が脱出し終わった街を破壊しているところらしい。スウェルレンの職人が罠や仕掛けを設置しているので、数日時間を稼げる予定だった。
「セイル様がいらっしゃれば……」
フレイヤ王女は、胸の前で祈りの形に両手を組み、曇った空を見上げた。
スウェルレンの国民の心境が天候に影響を及ぼしているのか、ここ数日、空は灰色の雲に覆われている。
彼女の肩の上で小さな青い竜が「
沈うつな空気が立ち込めたキャンプに、伝令の兵士が入ってくる。
「……失礼します! 街に逃げ遅れた子供がいるようです!」
「なんてこと……すぐに助けに行きましょう!」
住民はもう残っていないと思われた街だが、脱出が遅れた子供がいるらしい。街は巨人が暴れている処だ。踏みつぶされる前に、空を飛べる竜で助けに行く必要がある。
フレイヤは凛々しい表情で立ち上がった。
「僕も行くよ。スノウ、飛べそう?」
「キュー!(頑張る)」
ティオも傷が癒えてはいないが、救出の手伝いがしたいとフレイヤ王女と共に現地に向かうことにした。
二人は準備を整えると竜に乗って飛び立つ。
巨人の被害にあっている街出身の兵士と、数名の竜騎士が同行している。
「あそこだ!」
案内の兵士が指し示す方向には、瓦礫の中を逃げ回る子供の姿があった。
「私が巨人の注意を引きつけます!」
フレイヤは青い竜の姿をした神獣ヨルムンガンドの背に乗り、巨人の目の前をひらひらと蝶のように飛ぶ。巨人は誘われるように手を伸ばした。
その隙にティオたちは子供を竜の背中に引っ張り上げる。
「キャンプまで撤退しましょう!」
目的を果たしたティオたちは、巨人から全速力で遠ざかろうとした。
しかし巨人は逃走の気配を察したようだ。
近くにある小さな山に手を掛けると、うんと踏ん張る。
「なっ?!」
振り返ったティオは目を見張った。
巨人は山を持ち上げた。
めきめきと樹木がはがれ落ち、土や石が崩れ落ちる。
巨人にとってもそれなりに重いらしく、よろめきながら山をティオたちに向かってぶん投げた。
「避けてーっ!」
「駄目だ、大きすぎて間に合わない!」
日が陰る。
高速で背後から巨大な土石の塊が迫ってくる。
「キューッ」
こんな危機は初めてだからか、白竜スノウも混乱していて、がむしゃらにスピードを上げるばかりだ。
「つっ!」
ティオは白竜の首にかじりついて目をつむった。
くるおおおおおぉ!!
狼の遠吠え。
一瞬で気温が零下になる。
投げられた山が凍りつき、落下を始める。
「せいっ!」
銀光一閃。
山が真っ二つに割れ、地面に突き刺さった。
衝撃の余波で雲が吹き飛ぶ。
陽光がさんさんと戦場に降り注いだ。
咄嗟に目を開けて振り返ったティオの前を、六角形の雪の結晶が輝きながら飛んでいく。陽光を受けて雪片は虹色の輝きを放った。
斬撃を放ったばかりの、剣を持った少年の小さな背中が目に飛び込んでくる。
「ゼフィ……!」
空中で宙返りして、銀髪の少年はスノウの臀部に着地した。
横顔だけ振り向いて笑顔を浮かべる。
「よっ。無事だな、ティオ」
ティオは安堵と歓喜のあまり涙ぐみそうになった。
助かったのだ。
ゼフィが来てくれたなら、もう大丈夫。
巨人など、フェンリル末っ子の敵ではないのだから。
◇◇◇
俺は太っちょの竜グスタフの背から飛び降りながら、飛んできた山を剣で切った。
風の音に混じって兄狼の遠吠えが聞こえる。
一緒に来てくれたウォルト兄が、氷の魔法で土石を固めてくれたのだ。おかげで斬りやすくなって助かった。
「早く巨人を倒そうよ、ゼフィ!」
青い髪をなびかせて俺の肩口の空中に浮かぶ、半透明の少女。
彼女は天牙の精霊メープルだ。
「そう急かすなって」
俺は白竜スノウの尻を蹴って飛ぶ。落下した氷山を踏み台にして、巨人に向かって高く跳躍した。
巨人は怒ったように腕を振り上げていた。
その脇に飛び込みざま刃を走らせる。
巨人の腕に斜めに線が走って、ずれた。
地響きを立てて片腕が落下する。
「巨人の硬さにも慣れてきたな」
前に切ってコツを掴んでいるので、簡単に切ることができる。
巨人の背後に立つと、高速の三連撃を放って巨人を三枚おろしにした。
ガラガラと崩れ落ちる巨人の体。
「ゼフィ、狩りは終わったか?!」
「クロス兄」
地上を走ってきたクロス兄が、巨人の死体をくんくんと嗅ぐ。
「石の匂いがするな。食べられないようだ」
「残念だなー」
俺はがっかりした。
兄たんなら食べ方を知ってるかと思ったんだけどなあ。こんなに大きいのに食べられないなんて。
「セイル様!」
ヨルムンガンドが着陸して、フレイヤ王女が駆け寄ってきた。
白竜スノウやその他の竜も俺の周りに集まって、地面に降り始めている。
挨拶の言葉を口に出しかけた時、天牙の精霊メープルが俺の肩をちょんちょんと指でつく。
「……ゼフィ、あの子」
「ん?」
エスペランサの竜騎士の隣に、救助された街の子供が二人立っている。
一人はズタボロの服を着て憔悴した様子だが、もう一人は仕立ての良い紅鼠色の上着を着た、気の強そうな少年だ。整った顔立ちを歪ませて、朱金の瞳で俺を睨んでいる。何か恨まれることをしただろうか。
「あの赤い子」
「あの子がどうしたの?」
「私と同じ、剣の精霊だわ」
「ほえ?」
少年はずかずか歩いてくる。
俺に話しかけようとしているフレイヤが、少年の割り込みに気付いて戸惑った顔になった。
「貴様!」
「な、なに? 俺何かした?」
「僕の名はエンバー。スウェルレンの国宝と名高い尊き光焔剣の精霊である。貴様に、僕を僕の主の許に届けるという崇高な使命を与えてやろう!」
ちょっと何言ってるか分からない。
俺は空中に浮かぶメープルを見上げた。
メープルは器用に肩をすくめてみせる。
「メープル、同じ剣の精霊として翻訳してくれ」
「彼、迷子みたいよ」
なるほど迷子か。
それは困ったな。
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