不屈の剣

93 生肉も好きですが人間の料理も大好きです

 岩の国スウェルレンは、巨人の襲撃により危機に晒されている。

 巨人は神話の時代に絶滅したモンスターである。しかし最近、謎の復活を遂げて各国を襲っていた。

 

 同盟国エスペランサの戦姫フレイヤと、ローリエの王子ティオは、竜に乗って巨人の迎撃に参加した。

 エスペランサの誇る竜騎士の攻撃をもってしても、巨人は傷つく様子もない。

 囮を用意して谷川に誘い込み、挟撃しているのだが、三日三晩戦っても決着がつく気配は無かった。

 

「セイルさまは一体どうやって巨人を斬ったのかしら。槍で刺しても、剣で斬っても、傷ひとつ付かないのに」

 

 フレイヤは疲れた表情である。

 彼女は眩い金髪を邪魔にならないよう後頭部でまとめ、群青のワンピースの上に黄金の鎧を身に着け、金色の槍を手に持って青い竜に乗っていた。

 青い竜は、竜に見えるが実際は東の海の神獣ヨルムンガンドだ。

 ヨルムンガンドは人前では只の竜を装っているため、あまり会話に参加しない。

 今も黙って話を聞いている。

 

「確かに、ゼフィの凄さが分かるよね。ゼフィは巨人の頭をスパッと斬り飛ばしてたんだろ。そんなことができる人、他にいるのかな……?」

 

 純白の竜にまたがったティオが、フレイヤの呟きに答えた。

 ティオは鋼色の軽装鎧をまとい細身の剣を腰にさしている。一年前までは田舎の少年だったティオだが、王子だと判明してから様々な経験を積んだので、最近は王子らしい言動や表情を見せるようになった。

 相棒の白竜スノウは、身体の大きさでこそ他の竜に及ばないが、巨人の周囲を泳ぐようにスイスイ飛んで氷のブレスを吐いている。

 

「……あの兵士、前に出過ぎです。このままでは全滅してしまう!」

 

 巨人に向かって爆薬を投げているスウェルレンの兵士を見て、フレイヤは急降下した。

 ちょうど巨人が足を止めてうずくまったので調子に乗って前進しているようだ。

 フレイヤが駆けつけた時、巨人は勢いよく跳躍した。

 地響きを立てて着地した巨人の足元で、兵士たちが体勢を崩して動けなくなっている。

 

「フレイヤさま、危ない!」

 

 巨人が腕を振り回し、フレイヤに攻撃が当たろうとしている。

 ティオは咄嗟に白竜スノウを駆って間に割り込んだ。

 

「ラティオ王子?!」

 

 フレイヤの悲鳴が、スウェルレンの曇った空に響き渡った。

 

 

 

◇◇◇ 

 

 

 

 俺はフェンリルだが、たまに人間の食事が恋しくなる。

 生肉は命を食べている感じがして、これはこれで美味しいのだが、人間の使う調味料はまた別の美味しさなのだ。素材と塩スパイスのハーモニー。野菜や芋も悪くない。

 つまり俺は、料理が好きだ!

 人間のご飯が食べたくなった俺は、人間に変身して村に降りることにした。

 心配性の兄たんズもさりげなく一緒に付いてきている。

 

「フェンリルさま。お久しぶりです」

「おう、久しぶり」

 

 真白山脈フロストランドふもとにある人間の村で、俺は世話になったサムズ爺さんと挨拶を交わす。

 サムズ爺さんは、狩人を生業とする体格の良い爺さんで、うっかり罠にかかった子狼の俺を、孫のおねだりで連れ帰ってしまう人の良い性格だ。その後、俺がフェンリルだと分かった後も「山の神フェンリルさまの御子」として適度な距離で接してくれている。

 

「俺の畑はどうなってるかな」

 

 魔法の練習も兼ねて、村の畑の一部で作物を育てていたのだ。

 サムズ爺さんはニコニコ笑顔で答える。

 

「大変な豊作ですぞ。収穫しないで放っておくと腐ってしまいますので、勝手ながら摘み取って雪の中に保存しています」

「別に食べちゃっても良かったのに。また育てればいいし」

「そういう訳には……そうだ。アンナに料理させますので、食べていかれますか?」

「行く!」

 

 俺はサムズ爺さんの娘のアンナさんに手料理をご馳走してもらうことにした。

 ジャガイモやニンジンに香草を散らしてオーブンで焼いた料理が出てきた。

 野菜の上に、サイコロみたいな焦げ目の付いた白い物体が散らばっている。

 

「この白いの何?」

「ハルーミチーズです。珍しい種類の外国産チーズですが、偶然手に入ったので」

 

 俺の疑問にアンナさんが答えてくれた。

 チーズ? 俺は口に入れて弾力のある独特の歯ごたえにびっくりした。

 もきゅもきゅする。

 これ、癖になる味だな。

 

「兄たんも食べる?」

「む。肉の筋を噛むような味わいだな」

「……(無言で食べている)」

 

 いつも楽しそうにしていてよく喋るのがクロス兄で、いつも厳しい表情で無言なのがウォルト兄。

 フェンリルの大きな体格だと家に入らないので、俺の魔法で犬くらいのサイズに変身している。

 兄たんたちと一緒に食事を楽しんでいると。

 

「フェンリルさま!!」

 

 勢いよく扉が開いて、誰かが入ってきた。

 外套の下に上等な衣服を着た中年男だ。後ろから「陛下!」と慌てる声が聞こえる。

 

「ほえ?」

「フェンリルさま、どうかティオを助けてください! スウェルレンを襲っている巨人と戦い、傷を負ったと聞いて、いてもたってもいられず……ティオーっ!」

 

 いきなり山奥に訪ねてきたローリエ国王は、床に頭を付けてさめざめ泣き出した。

 ガチャン、と皿が割れた音がする。

 

「ティオが……怪我を?」

 

 振り返るとアンナさんが蒼白になっていた。

 実はティオは、この王様とアンナさんの子供なのだ。

 事情を話すと長くなるから割愛する。

 

「お願いです、フェンリルさま! 私を食べてもいいですから、ティオを助けてください!」

「王様のお肉は運動不足だから美味しくなさそうだな……」

「そんな?!」

 

 王様は床を這うように土下座して俺に懇願する。

 その鬼気迫る様子に俺はちょっと引いた。

 ティオは剣術を教えている弟子だし、助けるのはやぶさかじゃないんだけど。

 

「人間の願いをほいほい叶えると神獣フェンリルの威厳がなくなってしまうぞ、ゼフィ」

「ヴー(機嫌悪そうに唸る)」

 

 クロス兄とウォルト兄が俺をいさめるように言った。

 そうなんだよな。

 俺はフェンリルだから、人間の戦いに関わるのはちょっと問題がある。

 

「ゼフィさん、私からもお願いします」

 

 アンナさんが縋るような目で俺を見る。

 俺は咳払いした。

 

「……条件がある」

 

 王様とアンナさんが「なんでしょう」と俺に注目する。

 

「アンナさんは王様にキスして、仲直りすること」

「!!」

 

 二人は瞬時に真っ赤になった。

 真白山脈の村に引きこもってるアンナさんと、王都で仕事にまい進する王様。

 ティオが生まれて以来、ずっとすれ違っている夫婦だ。

 

「アンナ……」

「あなた……」

 

 見つめ合う二人を眺めて、俺は条件を追加する。

 

「あと、ハルーミチーズをもっと仕入れること」

「いくらでも仕入れますとも!」

 

 王様は小躍りして安請け合いする。

 ひしっと抱き合う二人の横をすり抜けて、兄たんたちと家を出た。

 クロス兄は元の大きさに戻り、俺の頭に顎を乗せて言う。

 

「行くのか、ゼフィ?」

「うん。巨人程度に苦戦するなんて俺の弟子失格だよね」

 

 ティオのやつ、この俺が剣術をみてやってるんだから、巨人くらいスパッと倒せよな!

 

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