91 幼馴染みを助けました
「迷宮都市ニダベリルの中を通っていけば北まですぐだが、今回は東の川に沿って北上するルートを通ろう」
「出戻りは恰好悪いからね」
派手に見送られてニダベリルから出てきた俺たちだ。
ニダベリルに引き返すのはちょっと恥ずかしい。
新たに加わった仲間、
川はとても深い谷底に流れていて、岸は断崖絶壁だ。
その岸の壁に沿って大人一人が通れるかどうかという、細い道が北へ続いている。
「うわ、ほっそい橋!」
ほとんど度胸試しのような長くて幅の狭い石橋が、川を横断している。
手すりもないシンプルな構造の橋だ。
普通の人間は落ちたら死ぬ高さに掛かっている。
しかも、今にも崩れそうな亀裂がところどころに走っていた。
大人数で同時に渡ったら崩落しそうだな。
「俺が先に渡って確かめるね」
このメンバーで一番身軽な俺が、パパっと渡って崩れないか確かめる。
ちょっと不安定だけど大丈夫そうだな。
「怖い怖い怖い怖い!」
「びびってないで渡ってよルーナ」
俺は、赤ん坊ローズを背負ったルーナに手招きした。
「目をつぶれば怖くない!」
「目を閉じたら歩けないだろ?!」
ところが目をつぶったルーナは、ふよふよ浮かびながら橋を渡ってきた。どう見ても真っ直ぐ歩いてないのに、強制的に前に進んでる。
よく見ると、彼女の背中で赤ん坊のローズが光っていた。
「お前の魔法か……ローズは最強だな」
俺は便利すぎるローズの魔法に戦慄した。
ローズはルーナの髪を引っ張ってキャッキャと笑っている。
この子、大人になったら何になるんだろ。
考えたくないな。
「エムリットは……大丈夫か」
エムリットは橋の上をゴロゴロ転がってきた。
「このぐらい、下を見ずに渡ればすぐじゃぞ」
さすが年長のゴッホさん。さくさく橋を渡る……と、思いきや。
「おおお、作業ばかりで最近歩いとらんかった!」
途中で足を踏み外しかけた。
「ゴッホさん、走れ!」
咄嗟に追いかけたイヴァンが、ゴッホさんの背を押す。
二人分の重量に耐えきれなくなったのか。
その途端、橋の亀裂が大きくなって途中で崩れた。
「うわっ!」
俺は咄嗟に近くにいたゴッホさんの手を引く。
イヴァンは砕けた橋と一緒に落ちる。
「イヴァン!!」
あっという間に彼の姿は、深い川の底に吸い込まれるよう消えた。
「ワシのせいだ……」
渡りきったゴッホさんは自責の念に駆られているようだ。
「この老いぼれのせいで、あたら若き命を散らしてしまうとは」
「たぶん死んでないよ」
「え?」
イヴァンが本人の言っている通り不老不死なら、まだ生きているはずだ。
俺は崖を降りようと足場を探した。
人間の姿じゃ、降りるのは無理かな……。
フェンリルの姿になって匂いを辿れば、すぐに見つけて連れて戻れるだろう。
「ルーナとゴッホさんは、先に行ってて」
俺は目を閉じて時の魔法と変身の魔法を同時に使う。
周囲の温度が下がって、足元に霜が降りた。
次に目を開いた時には背の高さが変わっている。
「おお……神獣じゃと?!」
ゴッホさんが驚愕している。
未来のフェンリルの自分に変身した俺は、垂直の崖を踊るように駆け出した。踏み出すたびに雪片が空中を舞う。
足場がないところには氷を発生させて踏み台を作り、下へ下へと跳躍する。
待ってろよ、今行くからな。
◇◇◇
固い水面に叩きつけられ、イヴァンは少しの間、気を失っていた。
全身が痛い。
岩に引っ掛けた傷口から、血が体外に流れ出した気配がする。
ここは落下地点から少し遠い場所のようだ。水流に揉まれ、どこかの岸に打ち上げられたらしい。
「我ながらお人好しにも程がある……あいつらは先に行ったかな」
ゼフィたちは
普通は谷底に落ちた仲間を助けに、わざわざ降りてきたりはしない。
イヴァンは、ゼフィが助けにくるとは思っていなかった。
不老不死の体質のおかげで、再生能力が働いて身体が元通りになっていく。その間、動かずに眠ることにした。
うとうとと微睡む。
眠りの中、イヴァンは地上にいた頃の夢を見ていた。
「かくれんぼしようぜ!」
村の子供たちと無邪気に遊ぶ、少年時代のイヴァン。
子供たちの中では隠れるのが得意な方だった。
「お前って隠れるのが上手だよな。だけどあんまり上手すぎると、神隠しにあってしまうって、うちの婆ちゃんが言ってたぜ」
イヴァンに嫉妬しているのか、同世代の少年の一人が言ってくる。
「はは、言ってろよ。神隠しなんかある訳ない」
鼻で笑って、イヴァンは鬼役の子供が目をふさいでカウントする間に森に駆け込んだ。
森にはいつもと違い、白い霧がかかっていた。
「あれ? ここはどこだろう」
霧のせいで道を間違えてしまったのか、イヴァンは森で迷ってしまった。
日が暮れ始める。
カラスがカアカアと鳴く声がする。
夕暮れの人気の無い森は、恐怖の気配がする。
焦ってあちこち走り回ったあげく、自分がどこにいるか完全に分からなくなった。
「疲れた……」
歩き疲れたイヴァンは、大木の根本に座り込んで肩を落とす。
このまま誰にも見つけられず、森で危険なモンスターに襲われて死ぬのだろうか。
そんな悲劇的な考えが頭をよぎった。
しかし。
「……イヴァンーーっ」
誰かが呼ぶ声がする。
「ルクス?」
探しにきてくれたのは、村の外れに住むルクスという少年だった。
イヴァンと同年代だが子供たちの遊びからは少し距離を置き、剣術修行に熱中している変り者だ。
「どうしてここが分かったんだよ?」
「んー、なんとなく」
ルクスは、座り込んでいるイヴァンに手を差し伸べる。
「ほら、帰ろうぜ」
イヴァンは彼の手を握って立ち上がった。
二人の少年は肩を並べて夕暮れの森を歩き始める。
先ほどまで不穏な気配を漂わせていた森が、嘘のようにいつもの平和な風景になった。夕暮れの風はまだ暖かかった。
水音がして、目が覚める。
イヴァンは腕を上げて濡れた額に手をあてた。
ここは暗い地底の迷宮。
幼馴染が見つけに来てくれるはずはないのに。
「……イヴァン!」
ヒュッと風が吹いて、神々しい光を放つ白い狼が、イヴァンの前に降り立った。
まるで奇跡のように。
「え……?!」
「大丈夫か」
白い狼からは聞き覚えのあるような、ないような声がする。
ゼフィの未来の姿なので声色が若干変わっているのだが、それはイヴァンの知らないことだ。
「どうしてここが分かったんだ。君はいったい……?」
「俺は鼻がきくんだよ。イヴァンはどんくさいね」
「ほっとけ」
狼が起き上がったイヴァンの服の裾をくわえて、そっと引っ張る。
「さあ、帰ろう」
この時、イヴァンは直感で狼が誰なのか分かった気がした。
だが「そんなまさか」とにわかに信じられない。
促されるまま狼の背中に乗る。
狼は軽くステップを踏んで、崖を駆け上っていく。
「歩くのが面倒くさくなってきた。このまま
「ルーナさんやゴッホさんを置いていくのか」
「それもそうか」
イヴァンは夢見心地な気分で狼と会話する。
神隠しのような現象に巻き込まれ、地下の迷宮都市ニダベリルに迷い込んでしまった。あり得ないこと、奇跡は本当に起こる。だったら、まったく違う姿の幼馴染に再会することも、あり得るのではないだろうか。
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