90 正直ご飯の時間が分かれば俺的には良いですが
白竜スノウに乗って
途中でフェンリル兄弟と別れ、ローリエの王宮に顔を出すことにした。
「ただいま戻りました、父さま」
「おお、ティオ! 元気そうで良かった」
ローリエ国王ハロルドは、ティオを力強く抱擁する。
「それに何と、竜に乗って帰るとは」
「キューキュー(僕のご主人様にベタベタするな人間)」
王宮の庭に降りた白竜スノウは、付近の人間を威嚇する。
皆、竜を恐れてティオに積極的に近付かない。
しかし唯一、元宮廷魔導士のフィリップだけは涼しい顔をして歩み寄り、ティオに話し掛けた。
「ティオさま。今、岩の国スウェルレンを伝説の巨人が襲っているそうですが、ご存知でしたか?」
「いえ……」
ハロルドはフィリップの言葉に、打って変わって深刻な表情になった。
「岩の国スウェルレンを通過すれば、次は我が国だ。伝説の巨人に、いったいどうすれば対抗できるのか……」
「僕が行きます!」
「ティオ?!」
国王は驚いて息子を止めようとしたが、ティオは素早く白竜に駆け寄って、竜の鞍にまたがってしまった。
「ゼフィがここにいれば、きっと助けてくれた。だけど今はいない……今度は僕が戦う番だ!」
「お待ち下さい殿下、帰国歓迎パーティーの予定が」
「そんなの後で良いじゃないか!」
白竜はあっという間に上昇して、南の空へ飛んで行ってしまった。
ハロルドは空を見上げながら呟く。
「なあフィリップや。息子はああ言っていたが、あのゼフィくんが協力してくれたと思うかね?」
「……少なくとも、前回のマツサカギュウより上等な肉が必要かと」
「だよね」
肉大好きなフェンリル末っ子は、タダでは動かない。ティオは夢を見すぎだと、大人のハロルドとフィリップは溜め息を付いた。
◇◇◇
「へ、へくしゅ!」
「何? 風邪?」
「いや……誰か噂してるのかな」
俺はルーナの突っ込みに首をかしげながら、鼻の下をこすった。
迷宮都市ニダベリルを出た俺たちは、道なりに南を目指して歩いている。
「ところで、イヴァンは装備がなくて大丈夫? ニダベリル以外に補給できるところないの?」
酒場に残るつもりだったイヴァンは手ぶらの状態である。
鎧も武器もなく、水筒や携帯食料の用意もない。
「そうだな。ニダベリルの外に念のため荷物を隠している場所があるから、そこに寄って行こう」
広い通路から少し逸れて狭くて寂れた道に入る。
イヴァンは迷宮の壁の、何もないところを押した。
壁に切れ込みが入って隠し扉が現れる。
「おおー」
俺は感心した。
準備が良いのは慎重なイヴァンらしい。
イヴァンは不老不死の身体になっているから、傷はすぐに治る。だから鎧はあまり必要ないそうだ。隠し倉庫から短剣と携帯食料が入ったバッグだけ取り出している。
俺は暇な間、迷宮の景色を眺める。
今いる場所の天井は高い。吹き抜けのようになっている。フェンリル兄でもつっかえないだろう高さだ。見上げた先には橋のような建造物が見える。多層構造の迷宮の、ここは一番下のようだ。
迷宮の壁は灰色の人工物で、幾何学模様が刻まれている。ところどころ壁や階段は崩れ落ち、自然の岩と混じってしまっていた。耳を澄ませると水の滴る音が聞こえる。川が近くにあるのかな。
これから行く迷宮の名前は
時計の地獄というからには、時計が沢山あるのだろうか。
「南の
準備を整えたイヴァンは、再び俺たちを案内して歩き始めた。
「探索済? じゃあ鍵はもう誰かに見つかっているんじゃ」
「実はそうなんだ。しかも鍵の所有者に心当たりがある。そいつは安全になった迷宮にそのまま住み込んで、時計を作り始めたんだ。偏屈な変人ドワーフでな」
イヴァンは憂鬱そうな顔をした。
「迷宮に閉じこもって次から次へ時計を作るものだから、時計だらけの異様な景色になってしまった。だから
「もしかして頑固ジジイから鍵をゆずってもらうよう、交渉する必要があるってこと?」
「その通りだ」
うわあ、面倒だな。
「そんなの、盗むか、脅して奪えばいいじゃない」
ルーナがすやすや眠っている赤ん坊ローズを背負い直しながら、何でもないように言った。
トラブルメーカーのルーナらしい提案だ。
「却下。一応、真正面から頼んでみよう」
そういう訳で、俺たちは時計が積まれた一角に踏み込んだ。
俺は時計と言えば教会の屋根の上にあるやつしか知らなかったのだが、柱時計や目覚まし時計など、いろいろな種類があるらしい。イヴァンに時計の種類を教えてもらう。見たことない時計が沢山あった。
「なんじゃいガキどもが」
両側に時計がずらっと並んだ通路を歩いていくと、奥の部屋で
何日も洗っていない作業服を着て、気難しい顔をした
おっさんは俺たちを見て不思議そうにする。
見た目、大人が一人もいないよな、俺たちのパーティーは。
「お邪魔しまーす。あ……その時計に刺さっているやつって」
壁際の一番大きい時計の、
ビンゴ!
「俺たち、その鍵を探してここまで来たんだ。おじさん、その鍵を譲ってもらえない?」
俺は単刀直入にお願いした。
「断る。この時計は一番正確に時を測ることのできる作品なのだ」
ま、いきなり頼んでも、無理だよな。
「そっかー。残念だな。じゃあ話は変わるけど、おじさん何でこんなところで時計作ってるの?」
「よく聞いてくれた!」
「わっ」
おっさんは急に生き生きした様子になった。
俺に向かって身を乗り出すようにする。
「ワシはどこよりも正確な時計を目指しておるのじゃ! そう、ニダベリルが地上と行き来があった頃、昼と夜が別れていた頃の、正確な時間を取り戻したい!」
正確な時間?
「ニダベリルにある時計は正確じゃないの?」
「正確かどうか、今となっては分からん。日の光が射し込まなくなって久しいからの。本当に地上の昼夜と同期した正確な時間か、誰にも分からないんじゃ。ワシは過去の資料や小動物の行動パターンなどを調べながら、失われた時を探し求めている」
このおっさんは職人肌なんだな。
俺には「正確な時間」を測ることにどんな意味があるか分からないけど、世の中には拘りを持つ人がいるものだ。
「おじさんの目的は分かった……ような気がする。どうして迷宮で仕事してるの? ニダベリルじゃなくて」
「市長のバーガーの奴と気が合わんのだ。奴は、時間の正確性などどうでもいい、とりあえず定期的に鳴る時計さえあれば良いの一点張りでな」
おっさんはニダベリルの時計職人たちと喧嘩中らしい。
隣で聞いていたイヴァンが、うんうん頷く。
「正確な時間かどうかは、重要なことだ。時間が正確でないと書物や過去の資料の記載が間違っていることになるし、定期的に出現するモンスターを推測することも不可能になる」
「おお、分かってるじゃないか!」
イヴァンとおっさんは意気投合した。
何となく気付いてたけど、イヴァンは考え方がどっちかというと学者寄りだよな。
「その鍵が地上に戻るアイテムかもしれないんだ。おっさんの言う正確な時間も地上に出たら測れるだろ。な、鍵を貸してくれない?」
俺はもう一回、おっさんが納得しそうな理由を付けて頼んでみる。
今度は心に響いたらしく、おっさんは悩む様子を見せた。
「……条件がある。鍵を使うところをワシに見せてくれ」
「お安いご用だよ!」
「ワシの名前はゴッホじゃ。道中よろしく頼む」
「こちらこそよろしく!」
仲間が増えた。やったね!
俺たちはいよいよ最初の
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