64 邪神をやっつけました!
「危ないからティオは下がってな」
「うん! ゼフィも気を付けてね!」
俺が手を振ると、白竜に乗ったティオは大きく頷いた。
その腕の中で黒猫姿のアールフェスは魂が抜けた様子だ。彼にとっては、あまりに斜め上の展開すぎて現実が受け入れられないのだろう。
白竜は旋回してレイガスの街の方向へ去っていく。
ティオが離れたのを見計らって、俺は兄狼と火山の頂上を目指した。
「
熱気を吹き上げる火口をのぞき込むと、クレーターの底から真っ赤な溶岩が噴水のように吹き出して、俺の鼻先をかすめた。
「うわっ」
「大丈夫か?!
クロス兄が俺の襟首をくわえて溶岩から距離を取る。
俺は猫の子のようにクロス兄にくわえられてぶらぶら揺れた。
「あっちぃ」
『おーっほっほっほっほ!』
突然、高笑いがして、溶岩の柱の中から巨大な人影が現れた。
『見るがいい! 私は火山の力を得て、真実の姿を取り戻した!』
たぶん声の主は邪神ヴェルザンディ。
前に会った時は可愛い女の子の姿だったが、今はフェンリルよりも巨大化していて、上半身は裸の女性、下半身は蛇の形をしている。背中には赤い蝶々の
火口から伸びあがるようにヴェルザンディは、俺たちを見下ろしている。
俺は兄たんとその威容を見上げた。
『どうした? フェンリルの子らよ。私の姿が美しすぎて、言葉も出ないか?』
ヴェルザンディは呆然とする俺たちを見て邪悪に笑った。
俺は感動に震えた。
「すごい……!」
『そうでしょう。ふふふ、恐怖するがいい、フェンリルの子らよ』
「すごい、食べるところが多くなったよ、兄たん!」
巨大化して、しかも蛇の長い尾っぽ付きだ。
兄狼二匹と一緒に食べてもお肉が余りそうだ!
「そうだな、食いでが増したな、ゼフィ!」
「うん! ああ、良かった。前の女の子の姿は、美味しそうな匂いがしても今ひとつ食欲が沸かなかったんだよね」
クロス兄は俺に同意してくれる。
ついでに俺を地面に降ろした。
ウォルト兄の尻尾が横にぶんぶん振られている。獲物が大きくなって興奮しているらしい。
『くっ……獣にはこの姿の美しさが理解できぬか。大昔の人間たちは、この私の姿を崇拝したものを……』
ヴェルザンディは悔しそうに呻いたが、途中で気を取り直したようだ。
『だがしかし、私は火の力を手に入れた。氷の魔法を使うフェンリルはもう、私の敵ではない』
火口でブクブクと溶岩が泡立ち、火と石の欠片が次々と飛んでくる。
対抗するようにウォルト兄が吠えた。
氷の魔法が発動し、俺たちの周囲だけ霜が降りる。
飛んできた火は消し飛んだ。
だが、それだけだった。
『どうした? その程度か?』
「……!」
いつもより氷の魔法の威力が低い。
火口から溢れだした溶岩を押しとどめるだけで精一杯だ。
「兄たん!」
「奴の周りの火をどうにかしないと、近づけないな」
クロス兄が鼻づらに皺を寄せて唸る。
俺も氷の魔法を使って加勢しようか。
だが俺たちの中で一番氷の魔法が得意なウォルト兄がこうなのだから、俺が加わっても焼石に水かもしれない。他に使える魔法は……そうだ!
「……開け、天空の門よ!」
俺は両手を空に伸ばして願った。
この幻想結界の中では、時の魔法は使えないが、転移魔法は使えるのだ。大きな満月を打ち壊すように、転移の扉を作る。
「つながれ!
『何っ?!』
夜空の一点から、明るい青が広がる。
抜けるように高い冬の青空が現れた。
いつでも雪風が吹いている、
『私の幻想結界の中に、穴が……!』
澄んだ冷たい風が、俺たちを守るように空の彼方から吹いてくる。
ウォルト兄の氷の魔法が威力を増した。
パキパキと音を立てて、溶岩ごと地面が凍てついていく。
それはヴェルザンディの魔力とぶつかって反応し、白い水晶の群生となった。
「はああああっ!!」
俺はクロス兄の背中を踏み台にして跳躍した。
鞘から天牙を解き放つ。
動揺しているヴェルザンディの胸の上に剣を突き立てた。
『! その剣、お前は……そうか、ウルズ姉さまを殺した男だな!』
ヴェルザンディは天牙を見て声を上げた。
天牙は、人間時代に邪神を倒した時も俺の相棒だった。
その時のことをヴェルザンディは知っているらしい。
『お前は人に裏切られ、絶望して国を捨てたはず。なぜ今になってまた我らの邪魔をする?!』
ヴェルザンディの問いかけに俺はくすりと笑った。
確かに邪神は因縁の相手だけれど、今、戦っているのは過去の報復のためでも、人間たちを助けるためでもない。
「そんなの決まってる……俺が、フェンリル三兄弟の末っ子ゼフィリアだからだよ!」
叫ぶと同時に、剣を介して氷の魔法をヴェルザンディに流し込もうとした。しかし、空に開いた転移の門を維持しながらとなると、無理があったらしい。
「こんなところで魔力切れ?!」
変身の魔法が解けて、子狼の姿に戻ってしまった。
上着の中から顔だけ出してあわあわする。
ヴェルザンディは硬直し、俺を凝視して謎の台詞を発した。
『……か、かわ……い』
「ゼフィ!」
その隙にクロス兄とウォルト兄が、ヴェルザンディの背筋に噛みつき、尻尾を押さえつけた。
邪神ヴェルザンディはのけぞって血を吹き出しながら、ゆっくり倒れていく。
「わわわっ」
俺は人間の上着の下から這い出して、ヴェルザンディに踏み潰されないように短い手足を必死に動かして逃げ出した。
どしーんと音を立ててヴェルザンディの巨体が火口に倒れ伏す。
地震が起きて、俺の身体は跳ね上げられ、どこかに放り投げられた。
その衝撃で俺は一瞬、気絶していたらしい。
気が付くと俺は、人間の少年の姿で紅葉する森の中に立っていた。
これは夢だと、なぜか分かった。
近くの木の幹を撫でる。
幹は縦に筋が入ってざらざらしていた。深い切れ込みの入った、子供の手のような葉の形。真っ赤な葉の色。これは
そこは、人間の頃によく遊んでいた、故郷の森の中だった。
「……ルクス」
呼び掛けられて、俺は振り向く。
いつの間にか背後には夕暮れ色の髪と瞳をした、美しい少女が立っていた。幼馴染みの……だ。
俺は彼女の名前を呼ぼうとしたが、不思議なことに名前が出てこない。
「なんでいつも、ルクスは私の邪魔をするの」
「は?」
彼女は俺を見て、無邪気な声音で言った。
言っている意味が分からず、俺は呆ける。
「ルクスに剣の才能があるのは分かってたわよ。だから出世するように仕向けたし、幼馴染みの私が王族に見初められるのは、計画通りだった。ウルズ姉さんが起こした戦争で、私は人間たちの女王になるはずだった」
こいつ、何を言ってるんだ。
「だけどルクスは予定以上に活躍して、邪神戦争を解決して英雄になってしまった。計画の邪魔になるから、適当に理由を付けて国から追い出してやったのに。その後に内乱が起こって、王制が崩壊しちゃったのよ! ルクス共和国なんて、意味が分からないわ!」
時間を掛けて彼女の台詞を
「お前が……全部の黒幕だっていうのか」
「そうよ。そして、それを知ったあなたは、ここでバイバイ」
幼馴染みは混乱している俺に手を伸ばした。
少女らしからぬ力で首を絞めてくる。
「くっ」
「私たち
駄目だ、力が入らない……!
「ゼフィ!」
その時、俺を呼ぶ声がして、空色の髪の少女が割って入った。
天牙の精霊メープルだ。
「魂が連れ去られそうになってたから、急いで迎えに来たよ!」
「た、助かった」
よく分からないが、メープルに助けられたようだ。
メープルは幼馴染みの手を叩き落とし、俺を守るように前に立った。
「ゼフィ、皆、あなたの帰りを待っている。耳を澄ませて」
メープルの言う通り、風の中の音を拾うと、俺を呼ぶ声が聞こえた。ウォルト兄やクロス兄やティオが、俺を心配して待っている。
帰り道が分かった。
「ありがとう、メープル。一緒に現実世界に戻ろう」
「うん」
メープルと手をつないで、俺は兄狼たちの元に帰ることを強く願った。楓の森の光景が薄れていく。
悔しそうな顔をした幼馴染みが言った。
「……覚えてなさい! ルクス、あなたの生まれ故郷は、この私が滅ぼしてあげる。今度こそ地上の全てを手に入れるために。私はスクルド。運命の女神三姉妹の末の妹よ!」
目を開けると、クロス兄とウォルト兄が、俺を心配そうに見下ろしていた。兄狼の白い毛皮の背景には、青空が広がっている。
「大丈夫か、ゼフィ」
「……はっ。ご飯は?!」
俺は少し青空を見上げていたが、邪神ヴェルザンディを倒したことを思い出して、飛び起きた。
兄たんたち、俺のお肉、残してくれてるよね?
「まだ尻尾の部分が残っているぞ」
「やっぱり食べてた?!」
俺は急いで残った蛇の尻尾を確保しにいった。
「雪……?」
空を見上げると、蒼天から白い雪の結晶がはらはらと落ちてくるところだった。
幻想結界は消えた。
元の青さを取り戻した空には、俺が呼び寄せた
その日は火山の街レイガスに初めて雪が降った日として、長く後世に語り継がれることになる。
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