63 狩りは三兄弟そろってする約束です

「やああああっ!」

 

 フレイヤが雄たけびを上げる。

 彼女の足元から紅蓮の炎が燃え上がり、正面に幾何学的な花の模様を描いた。

 

「この紅炎花盾ファイアーウォールは、いかなる銃撃も無効化します。覚悟!」

 

 魔法の盾を発動し、黄金の槍を真っすぐに突き出して、フレイヤは突進する。

 

「そんな守りなど、邪神の力を得た僕には通用しない」

 

 アールフェスは銀色の銃のトリガーを引いた。

 バキュンと音が鳴って、銃弾が放たれる。

 高速で飛ぶ銃弾はフレイヤの魔法の盾にぶつかり。

 

「何?!」

 

 一瞬、盾とせめぎ合ったものの、貫通してフレイヤの顔の横を通り過ぎた。

 驚愕するフレイヤの頬に一筋の傷が走る。

 

「次は頭を撃つ」

 

 すごい威力の銃だ。

 これも邪神の力なのだろうか。

 ヨルムンガンドが翼をばっさばっさしながら、俺の頭を叩く。

 

「こらゼフィくん! 孫娘の顔に傷が付いたぞ! どう責任を取ってくれる?!」

「ええ? 過保護だなあ」

 

 女性の顔に傷が付くのは駄目だと、ヨルムンガンドは力説している。

 それにしても予想外にアールフェスが優勢だ。

 

「遠距離攻撃できるのは、銃だけではありません!」

 

 フレイヤは銃弾を横っ飛びに避けると、炎の翼を広げ、上空に舞い上がった。黄金の槍を斜め下にいるアールフェスに向ける。

 槍の穂先から、炎が解き放たれた。

 

「盾があるのは、自分だけだと思ったのか」

 

 アールフェスは冷静な顔だ。

 紫色の光の壁が、彼の前に現れる。

 紅蓮の炎はかき消された。

 銀色の銃を構えたアールフェスは、まったく躊躇せず、炎の向こうへ射線を向ける。

 咄嗟に回避行動を取ったフレイヤの肩を、銃弾が貫いていく。

 

 これはやばい。助けないとヨルムンガンドに怒られてしまう。

 俺は急いで岩陰で人間の姿に変身する。

 岩陰から走り出て、墜落してくるフレイヤを、雪風と共に受け止めた。前も同じことをやった気がする……あ。そうか、あれってフレイヤだったのか。やっと思い出した。

 

「きゃっ! あ、あなたは?!」

「大丈夫?」

 

 フレイヤには俺が突然、現れたように見えただろう。

 頬を上記させて瞳をうるませるフレイヤ。なんで泣きそうな顔になってるんだろう。俺は首をかしげながら、彼女をそっと地面に降ろした。

 肩の傷に手をかざして時の魔法を使う。

 だが、魔法は発動しなかった。

 

「……この幻想結界は、時の属性と相性が悪いようだな。干渉しあって、時の魔法がかき消されているようだ」

 

 ヨルムンガンドが俺の手元をのぞきこんで言った。

 時の魔法が使えないってことは、俺の奥義、未来のフェンリル大人の姿に変身して暴れる手が使えないのか。

 フレイヤの傷は今すぐ死ぬようなものじゃない。

 幻想結界を破った後で手当てしてあげよう。

 

「セイル・クレール……王子を置いて何故ここに」

 

 油断なく銃を構えながらアールフェスが聞いてくる。

 セイルとは俺の偽名だ。

 公式には、俺は王子のティオのお付きということになっている。

 ティオがいないのに、俺ひとりでここにいるのが不思議なのだろう。

 

 疑問に答える前に、頭上を浮遊するヨルムンガンドが、預かっていた俺の上着を返してくれた。簡単なシャツとズボンを身に着けた姿に変身しているけど、上着があるに越したことはない。

 銀糸の刺繍が入った上着にさっと腕を通す。

 アールフェスは動かずに俺の返答を待っているようだ。礼儀正しいな。

 

「お姫様を一人で戦わせるなんて、騎士ナイトのすることじゃないだろう」

 

 俺はちょっと気取った答えを返してみた。

 本当は美味しい邪神ごはんを食べに来ただけだけど。

 

騎士ナイト気取りか。見たところ、剣を持っていないようだが、それでどうするつもりだ?」

 

 剣が無くても俺には魔法がある。

 転移魔法でアールフェスを別の空間に飛ばしたり、氷の魔法で氷漬けにしたり。もれなく死んじゃうけど、俺のご飯の邪魔をするんだから、仕方ないよね。

 

「な、なんだ、その余裕は」

 

 にっこり笑った俺に不気味さを感じたのか、アールフェスは引きつった顔になる。

 その時。

 

「ゼフィーーっ!!」

 

 空耳かと思った。

 ティオの声だ。

 同時に冷たい風が吹いて、白い大きな獣が二匹、俺の隣に滑り込む。

 ウォルト兄と、クロス兄。

 

「……まだ邪神ごはんは出ていないな?!」

「うん、まだだよ兄たん」

 

 狩りは三兄弟そろってする約束だからね。

 

 そして兄たんの上空を滑るように飛ぶ、雪のような鱗の白竜。

 あの白竜ってまさか……でも、さっきまで襟巻きくらいの小さな仔竜だったよな。どうしていきなりお馬さんサイズまで成長してるんだ。

 白竜の背中にはティオが乗っている。

 

「ゼフィ、天牙を!」

 

 ティオは、俺に鞘に入った剣を投げた。

 

「させるか!」

 

 アールフェスが連続で射撃するが、俺は後ろに下がって避けながらジャンプする。跳躍しざま、空中で天牙をキャッチして、一回転しながら着地した。

 鞘から剣を抜くと、青い髪の少女が浮かび上がった。

 

「置いてきちゃってごめん、メープル」

「全くよ! でも間に合ったから許すわ。さあ、私とあなたで、あの生意気な子をやっつけちゃいましょう!」

 

 メープルが勇ましく宣言する。

 

「ほざくな! 剣が銃に勝てるものか!」

 

 叫びながら、撃ってくるアールフェス。

 でも、ごめん。

 負ける気がしないんだ。

 

 俺は弾道を予測しながら、目の前の空間を天牙で切り裂く!

 

「嘘だっ! 銃弾を斬るなんて」

 

 真っ二つになった銃弾がカラカラと地面に落ちた。

 もう銃を持っていようが関係ない。

 簡単に距離を詰めた俺は、アールフェスの鼻先に剣を突きつける。

 

「……くそっ、殺すなら殺せ」

 

 フェンリルは食べないのに無駄に殺したりはしない。

 俺は剣を引いて鞘に戻した。

 悔しそうなアールフェスに人差し指を突きつける。

 

「よし。お前は黒猫になっちゃえ♪」

「なっ?!」

 

 ボフンと音と煙が立って、アールフェスの姿は黒猫に早変わりした。

 俺は「ふふふ」と笑って黒猫の首根っこをつまみ上げる。

 

「ティオ、よろしくっ!」

「ニャ○△a×アっ!」

 

 悲鳴を上げる黒猫を、頭上を飛ぶ白竜に向かって放り投げた。

 ティオが慌てて黒猫をキャッチする。

 

「うわー。アールフェス、可哀想」

「命あっての物だねだろ」

 

 これで障害は排除した。

 地面にへたりこんだフレイヤは肩を押さえて呆然としている。

 

「あなたは一体……?!」

「ヨルムンガンド、フレイヤを安全な場所に連れて行ってあげて」

「心得た」

 

 ヨルムンガンドは、フレイヤと一緒に転移魔法を使ったようだ。

 彼女の姿がふっと消える。

 そうか、この空間は時の魔法は使えないけど、転移魔法は使えるのか。

 俺は美味しそうな匂いのする火口に向き直った。

 

「よーし。じゃあそろそろ狩りを始めようか!」

 

 ウオオオーン、とウォルト兄が遠吠えを上げる。

 さあ、邪神狩りの始まりだ。

 

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