竜の娘

65 そろそろ竜の卵を食べようと思います

 邪神を美味しく頂いた後、俺たち三兄弟はティオたちの待つ領事館へ帰ってきた。ティオたちは全員無事だった。

 お腹いっぱいの俺と兄たんは、そのまま領事館の庭で寝た。

 もちろん狼の姿で。

 

「ニャアアー……」

「何が言いたいか分かるよ、アールフェス。ゼフィは絶対、君のこと忘れてると思う」

 

 寝入り際にティオが何か言っていたが勿論スルーした。

 戦いで魔法を使って疲れていたこともあり、俺は一日寝ていたようだ。気が付くとお日様が沈んで、もう一回上がった後のお昼になっていた。

 今はすっかりベッド代わりにしている竜の卵の上で、目を覚ます。

 中天を越えた陽光が暑苦しい。

 卵から飛び降りると、俺は目の前に咲いていたタンポポの花をパクっと食べた。程よい苦味で頭が冴える。

 

「ゼフィー、目が覚めた?」

「ティオ」

 

 俺が起きるのを待っていたらしい。

 ティオが馬くらい大きくなった白い仔竜を伴って、庭を歩いてきた。

 

「あ、この仔の名前、スノウに決めたんだ。いきなり大きくなって僕も驚いたよ」

「ふーん」

 

 白い仔竜は親しみを込めてティオの頭にかじりついている。

 体重を支えきれず、ティオはよろけていた。

 

「ところでゼフィ、お客様だよ」

「だれ?」

「フレイヤ王女」

 

 何の用だろう。

 心当たりがありすぎて分からないや。

 俺は取り急ぎ人間の姿に変身し、服を着替えた。

 フレイヤ王女は、セイル・クレールの正体が図書館に忍び込んできた白い子犬だと知らない。

 今のところ、正体を明かすつもりはなかった。

 なんで人間の姿と子狼の姿を行き来しているか聞かれたら、説明に困る。

 

 ところで、他国の領事館にいきなりずかずか王女さまが入ってくることは、普通はない。

 使いの者が「これから王女がお伺いしますよ」「どうぞいらしてください」という遣り取りを経てスケジュールを組んだ後、偉い人はやってくるのである。

 もしくは相手が偉いなら一方的に呼び出されるか。

 しかし、フレイヤ王女は俺が着替えた後、堂々と領事館に入ってきた。

 

「失礼。あなたが、セイル・クレール……?」

「ああ、名乗ってなかったっけ。昨日はどたばたして何も話してなかったね。肩の怪我、大丈夫?」

「え、ええ……」

 

 俺は自然体で受け答えして、にっこり笑った。

 途端にフレイヤの顔が真っ赤になる。

 フレイヤの侍女らしい女性が「姫さま、どうされたのですか?!」と言っている。

 どうしたんだろう。

 

「本の妖精さんに、治していただきました……」

「そっか、ヨルムンガンドに」

 

 本に隠れたヨルムンガンドの姿を思い出して、俺は頷いた。

 お爺ちゃん、フレイヤと途中まで一緒にいたんだね。今はどこに行っているのだろう。

 フレイヤは戦いの最中の勇ましい姿はどこへやら、もじもじしている。

 

「あのう、セイル様が私を助け、邪神を討ってくださった、ということで良いのでしょうか?」

「事実はそうだけど、おおやけにはしないで欲しい。俺は単なるティオのお付きだからさ。うちの国、ローリエも北の小国だ。変に目立つと良くない。ここはフレイヤ王女の手柄にしておいてくれないかな」

 

 俺がそう言うと、応接室の扉近くで、胃痛を抱えるように汗を流していたロキが安堵した様子になった。ロキは王子様ティオの近衛騎士で、この留学について世間知らずな王子を全面的に補佐サポートする立場にある。

 何かトラブルが起こればロキの首が真っ先に飛ぶ。俺が砕けた口調で王女さまと話しているので、彼は気が気ではなかったらしい。

 俺はフェンリルだから、あんまり人間社会に関わるつもりはないけど、争いを起こすつもりもない。

 適当に大ごとにならない程度に立ちまわるさ。

 

「ですが……」

「頼むよ。良心がとがめるなら、今後ティオと仲良くしてやってくれ」

 

 うん。このくらいが落としどころかな。

 フレイヤ王女は何か言いたそうだったが、一応は納得してくれたらしい。

 

「そう仰るなら、セイル様が邪神を討った事実は伏せましょう。ところで、邪神の手下になっていたアールフェス・バルトを、あなたは魔法を掛け猫の姿にしていましたね。彼は今どこに」

 

 すっかり忘れてた。

 あいつ、どうしてたっけ。

 ティオとロキを見ると、ロキが心得たように片手を上げて合図した。

 侍女姿のミカが、料理などを乗せる手押車ワゴンを押してしずしず入ってきた。彼女はタヌキの獣人だ。黒いスカートの下から丸っこい尻尾が覗いてる。

 手押車ワゴンの上には料理はなく、小型のおりが乗せられていた。

 おりの中には、黒猫になったアールフェスがうなだれている。

 

「罪人は私が引き取りましょう。邪神を復活させた大罪は裁かれねばなりません」

「大罪か……アールフェスは処刑されるのかな?」

「そうなるでしょう」

 

 ティオが「え?! そんな」と目を見開いている。

 可哀想だけど、こればっかりは仕方ないな。

 

「俺が掛けた魔法は、明日には解ける。後は王女に任せるよ」

「いろいろ……ありがとうございました」

 

 フレイヤ王女は俺に向かって軽く頭を下げた。

 その動作にティオ以外の人々が驚愕して息を飲む。

 簡単に頭を下げるなと教育される王族が、頭を下げる。

 それだけ感謝されているということなのだ。

 

 去り際、王女は見送りに出た俺に、小さな声で聞いた。

 

「……セイル様。火山で、白い子犬を見かけなかったですか? ずっと、探しているのです」

「いや、俺は見かけなかったな」

「そうですか……」

 

 そう言ったフレイヤは、なぜか寂しそうな表情だった。

 

 

 

 フレイヤが帰った後、ティオは俺に向かって怒った。

 

「なんでアールフェスを渡しちゃうの?! 処刑って、殺されるってことじゃないか!」

「そうだな」

「見捨てるの? アールフェスにも事情があるんじゃ」

「ティオお前、アールフェスと出会った時は、あいつが気に入らないって言ってたじゃないか」

「それとこれは別だよ!」

 

 ティオは俺はまっすぐに睨んだ。

 

「気に入らない相手でも、死んでいいとは思ってないよ!」

 

 少年の青い瞳に涙がにじむ。

 俺はティオの純粋さや気高さに、羨ましいような微笑ましいような、複雑な気持ちになった。

 

「ティオさま、罪人を助ける訳にはいかないのですよ」

「ロキとは話してない! ゼフィの馬鹿ー!」

 

 あーあ、走って行っちゃった。

 

「若いなー」

 

 俺の気持ちをロキが代弁してくれた。

 彼は年若い主を苦笑して見送り、頭をかく。

 

「……で、どうするんだ、フェンリルくん。君のことだから、このままじゃ済ませないと思うが」

「うーん」

 

 ロキの問いかけに、俺は腕組みして考える。

 アールフェスにやり直す機会を与えるのはやぶさかではない。

 だけど単に命を助けるだけだと、本人は反省せずに同じことを繰り返すだけかもしれない。

 

「……とりあえず、残った竜の卵はゆで卵にしようかな」

 

 俺はご飯を食べてから続きを考えようと思った。

 庭に戻って、真っ白い竜の卵を拾い上げる。

 

「おっ?」

 

 コツン、と卵の内側から音がした。

 

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