57 竜の卵をもらいました

 門番が戻ってきて、俺たちはやっと学校の中へ進むことができた。

 学校の建物は、中庭を囲む箱のような形だった。学校の奥には火山がある。竜の住む火山地帯がそのまま学校の敷地なのだそうだ。

 応接室に通されて待つと、学校の校長がやってきた。

 頭の天辺がピカピカに禿げ上がったおっさんだ。

 

「ようこそ、エスペランサ竜騎士学校へ」


 俺とティオの前に、丸い卵を積んだかごが運ばれてくる。

 

「これ、食べれるの?!」

「そんな訳ありません。竜の卵ですよ」

 

 校長さんが俺の台詞に突っ込みを入れた。

 

「あなたがたのパートナーになる竜の卵です。好きなものを選んでください」

 

 えー、ご飯じゃないのかあ。

 ティオが興味津々の様子で卵を見比べている。

 俺は食べられない卵に興味を失って、ソファーにもたれて足をぶらぶらさせた。

 

「ティオ、俺の分も選べよ。どうせ二匹ともお前のものだ」

「本当にいいの?!」

 

 どれも灰色の同じ形で違いが分からん。

 

「これと……これ!」

「では選んだ卵をお持ち帰りください。一週間ほど置いておけば生まれますので、生まれたらまた学校に来てください。あとは……」

 

 校長さんは授業の時間割をまとめた資料を机に置く。

 ロキが王子様ティオの代わりに受け取って、中身を確認している。

 

「好きな授業を受けてください」

「何でも良いのですか? 卒業試験などは……」

「ございません。ここは様々な国の方がコミュニケーションする場所として解放しています」

 

 ずいぶん規則がゆるいんだな。

 説明が終わって応接室を出ると、アールフェスが俺たちを待っていた。

 ティオの抱えた二個の卵を見て顔をしかめる。

 

「ここで会えて良かった。久しぶりだな……って、ハズレの卵じゃないか」

「そうなの?」

 

 ハズレ? どういう意味だ。

 ティオも不思議そうにしている。

 

「強くて賢い竜ほど、卵の殻の色が鮮やかなんだ。灰色は一番弱い奴だな。ちなみに俺のノワールは夜空のように真っ黒な卵だった」

 

 黒い卵は不味そうだな。

 アールフェスは「今から引き返して、卵を選び直させてもらったらどうだ」と勧めたが、ティオは首を横に振った。

 

「せっかく選んだから、これで行く」

「まあ、お前らがそれで良いなら良いが」

 

 ところでアールフェスはなぜ俺たちを待っていたのだろう。

 疑問に思って見上げると彼は胸を張って偉そうに言った。

 

「よし。これから先輩の俺が校内を案内してやろう! いろいろな竜を間近で見られるチャンスだぞ!」

「いろいろな竜を……」

「ゼフィ、よだれ拭いて! アールフェス、案内は僕だけでもいい?」

 

 ティオが慌てて会話に割り込む。

 ご馳走の山……はっ、いかんいかん。

 

「……食欲を我慢できる? ゼフィ」

「無理」

「先に卵を持って帰っててよ。あ、卵を食べないでね!」

 

 最近、ティオは俺に遠慮がない。出会った時から無かった気もするが。

 しかしフェンリルの俺は竜騎士になる必要が無いのだから、ティオの依頼は間違っていない。お腹がすくけど。

 

「分かったよ……でも、一個は俺のだから食べて良いよね」

「駄目!」

 

 ちぇっ。俺はがっかりした。

 ロキはティオの護衛だから一緒に付いて回るようだ。

 苦笑しながら「フェンリルくん、悪いけど頼むよ」と言う。

 仕方なく、俺は卵を持って引き返した。

 幽霊屋敷あらためローリエ領事館に戻ると、クロス兄が興味津々に近寄ってくる。

 

「……ゼフィ、その卵はなんだ? 食べていいか?」

「駄目なんだって」

 

 俺はふてくされて、子狼の姿に戻り、卵の上に乗っかった。

 二個の卵は子狼の俺とほぼ同じサイズだ。

 表面がひんやりしていて、冷たくて寝床にちょうどいい。

 卵焼きにしたいなあ。

 夢の中で竜の卵を食べることにして、俺は卵の上で寝た。

 

  

 

 ティオはアールフェスと仲良くなって帰ってきた。

 俺が卵の上で寝ているのに気付いてびっくりしている。

 

「ゼフィ、卵に魔力を注ぐ必要があるんだって。魔力って、どうやって注ぐの?」

「さあー?」

 

 フェンリル兄弟の中で一番魔法に詳しいのは、ウォルト兄だ。

 視線を向けるとウォルト兄は重々しく言った。

 

「……人間の魔法の使い方は知らん」

 

 だよね。

 よく分からないが、校長は「一週間ほど置いておけば」と言っていた。

 卵の上が気に入った俺は、一週間、ベッドに使いたいと申し出た。暑いエスペランサの夜でも、卵の殻は冷たくて寝心地がいいのだ。ティオは「食べないなら」と快く了承してくれた。

 数日経つと、卵の色が白くなった気がする。

 

「なんだかゼフィの毛並みの色に近くなったような」

「気のせいだろ」

 

 ティオが卵を見て不思議そうにしている。

 そして一週間が経過した。

 卵の一個の内側からコンコン音がする。

 

「竜が生まれそう!」

 

 俺たちは固唾かたずを飲んで卵を見守る。

 ぐらぐら揺れた卵が内側から割れた。

 

「キュイー!」

 

 小鳥のような鳴き声を上げ、割れた殻の中から小さな竜が現れる。

 雪のように白い竜の仔は、ルビーのような真っ赤な目で、たまたま正面にいたティオを見上げた。

 

「可愛い!!」

「キュッ?」

 

 ティオは仔竜を抱き上げて頬擦りする。

 仔竜はお返しのようにティオの頬をぺろぺろ舐めた。

 

「もう一個は動かないなー。ねえ、食べていい?」

 

 俺は動かない片方の卵を指先で転がす。

 仔竜を凝視していたロキは、震える声で言った。

 

「殿下、フェンリルくん。灰色の卵から生まれるのは通常、一番下位の灰竜なのだそうだ」

「へえ。それがどしたの?」

「どう見たって、その仔竜は、最上位の白竜だろう!」

 

 ロキの突き付けた指を、仔竜が甘噛みする。

 

「フェンリルくん、いったい何をしたんだ?!」

 

 なぬ、俺のせい?


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