58 王女さまを助けました

 俺は卵の上に寝てただけなのに、とんだ言いがかりだ。

 だいたい最上位の白竜だったら強くていいじゃないか。

 

「詳しいことは、学校に連れて行って聞いてみようよ」

 

 ティオがそう言ったので、この件は一旦お開きとなった。

 結局、もう一個の卵はピクリとも動かない。

 生まれなかったら食用にしてもいいのかしらん。

 こうして次の日、俺たちは仔竜を連れて学校へ向かった。

 

「キュッキュー」

 

 仔竜はティオの首に尻尾を巻き付けて、ご機嫌に鼻歌を歌っている。

 すっかりなついた様子だ。

 

 学校に着くと例によって応接室に通される。

 やってきた校長は仔竜を見て驚愕した。

 

「これは最上位の白竜! しまった、卵を渡し間違えたのか?!」

 

 えらく動揺している。

 白竜だと何かマズイのだろうか。

 

「どうしよう……前代未聞だぞ」

「何か問題でも?」

「何でもありません!」

 

 怪しいな。

 冷や汗をだらだら流しながら、校長は俺たちに竜の餌について説明した。餌は牛肉だそうだ。自分で用意してもいいし、学校から購入してもいい。

 というか、お金掛かるんだな。

 

「育てるのに掛かる費用は想定していなかったな……」

 

 ロキは困った顔をしている。

 俺はエスペランサの商魂逞しさに感心していた。

 タダで竜の卵を渡して、学校の授業も受け放題。そこだけ聞くと良いこと尽くしだが、竜の育成には費用が掛かるので、結局はエスペランサが得をするような仕組みになっている。

 

「もう一個の卵はどうでしょう? もしまだ竜が生まれていないなら、交換いたしましょうか」

 

 校長がそう言った時。

 突然、地面が揺れた。

 

「地震?!」

 

 揺れがおさまった後、俺たちは校長と建物の外に出る。

 爆発音がしてそちらを見ると、火山の斜面に巨大な生き物が立ち上がったところだった。

 

「竜?」

 

 特徴的なトカゲの頭部やコウモリ型の翼は、竜に似ている。

 だがどこか変だ。

 竜って三つも頭がある生き物だっけか。

 そいつは地響きを立てながら、ゆっくり学校に近付いてきている。

 俺のフェンリルの鼻が腐臭をとらえる。

 

「くさってる?」

 

 よく見ると皮がはがれて白い骨が露出している。

 モンスターの身体から黒い液体が地面に垂れていた。

 俺は腕組みして推測を言った。

 

「まるでゾンビみたいな……ドラゴンゾンビ?」

「竜がアンデッドになるなんて聞いたことないぞ。しかも頭が三つあるし……」

 

 ロキが呆然と指摘する。

 

「急ぎ竜騎士たちに出動要請を……そういえば今日は王都の式典で、戦える竜騎士は全員出払っているんだった!」

 

 校長は青ざめている。

 大変そうだね。

 腐った肉は食べられないし。あんな大きいのに食用にならなくて残念だなあ。

 

「おおー、こっちに来る」

「のんきに見てる場合じゃないよゼフィ!」

「そうだフェンリルくん、逃げないと!」

 

 俺は目の上に手をかざして観察する。

 後ろではティオとロキが慌てていた。

 それにしても腐った臭いに混じる、この美味しそうな甘い匂い、どこかで嗅いだことがあるような……。

 

「あ! あれは……」

 

 赤い炎が天空から降ってきて、ドラゴンゾンビを焼いた。

 ドラゴンゾンビは立ち止まってのけぞる。

 いつの間にか、天空に炎の翼を持った美少女が浮いていた。

 

「フレイヤ王女! そうか、この地には竜の血を引くエスペランサの戦姫がおられる!」

 

 校長の禿げ頭が希望を見つけたように光り輝いた。

 美少女はエスペランサの王女フレイヤらしい。

 少女の金髪は、まるで陽光を紡いで糸にしたように輝いている。身にまとった黄金の鎧の下から、紺碧のスカートがひるがえった。

 鎧と同じ金色の槍を手に、フレイヤはドラゴンゾンビに向かって降下した。

 

「やああああっ!!」

 

 高い気合いの声と共に、槍をドラゴンゾンビの真ん中の頭に突き刺す。

 深紅の炎が槍を伝ってドラゴンゾンビを飲み込んだ。

 天を貫く炎の柱の中で、ドラゴンゾンビが炭化しながらもがく。

 やがて、真っ赤な焚き火の中にモンスターの姿は消えていった。

 

「助かった……」

 

 校長は危機が去って安心した様子だ。

 しかし俺は空中に浮くフレイヤの様子がおかしいことに気付いた。

 炎の翼が不規則に、大きくなったり小さくなったりしている。

 もしかして制御できていないのか。

 

「っつ」

 

 フレイヤの背から翼が消える。

 俺は咄嗟に走り出した。

 彼女は自分が出した炎に焼かれながら、流星のように落ちてくる。

 その落下地点に向かって駆けつつ氷の魔法を使った。周辺の温度が下がっていく。輝く雪片が空中に出現した。

 空を落ちる最中のフレイヤが、下にいる俺に気付く。

 

「君、そこから離れなさい! 私に触れると火傷するわ!」

「大丈夫だよ。 遠慮せずにどんとこい」

 

 笑って腕を広げる。

 雪風が俺の周囲をふわりと舞って、少女の落下速度をやわらげた。

 

「え……?」

 

 重力から解放された感触に、彼女は呆けた表情になる。

 鳥の羽のように落ちてくるフレイヤを俺は軽々と受け止めた。

 雪風に冷やされて、少女の身体はひんやりしている。

 

「ね、大丈夫でしょ」

 

 笑顔で言うと、何故か彼女は真っ赤になった。

 口をパクパクさせて俺を凝視する。

 

「な……な……?!」

「ゼフィ!」

 

 ティオが俺に向かって手を振った。

 俺は呆然としている少女を地面に降ろすと、ティオの元に戻った。

 

「あー、腹へった。帰ってあの生まれない卵を食べようぜ」

「食べちゃ駄目だってば」

 

 用は済んだ。

 後ろでフレイヤ王女と校長が何やら慌てているが、俺は気にせずにティオとロキを連れて領事館に帰ることにした。

 学校から出ながら、ふと気付く。

 

 あのドラゴンゾンビの匂い、どこかで嗅いだことがあると思ったけど、思い出した。あれは、クリスティ商会の地下で嗅いだ匂いだ。

 ゾンビ……アンデッド……エーデルシア領事館が亡霊屋敷だった件。

 それとアーサーさんが言ってた「あそこで新型魔導銃の実験をしていたのに」という台詞。

 導き出される答えは……!

 

「クリスティ商会の地下に、美味しいお肉がある!」

 

 結論は出た。早速、兄たんに知らせよう。

 やっぱり俺って頭良いな。えっへん。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る