56 いよいよ竜騎士学校に入学します
ここは宿屋の二階。ミカが寝ている部屋だ。
「頼む! 何でもするから俺を見逃してくれ!」
ロイドは
無理やり、クリスティ商会の新型魔導銃の開発を手伝わされているのだと、彼は告白する。記憶喪失の件も商会の陰謀と関係があると薄々気付いていたらしい。
きな臭い組織から何とか逃げ出したいようだ。
「と、言われても」
ティオは困惑気味である。
「師匠……」
熱が下がって目が覚めたミカも複雑な顔だ。
「ここは俺が何とかしてやろうじゃん」
人間の姿に変身した俺は、ティオの隣で胸を張った。
「ゼフィさま、何をするつもりですか?」
「ロイドが失踪したことにすればいいんだろ。簡単簡単! えいっ」
俺はロイドを指さして変身の魔法を掛けた。
ポフンと軽い音と煙と共に、今までロイドがいた場所に茶色い毛並みのタヌキが現れる。
「!!!!!?」
「動物の姿なら探されることないよな。一件落着」
「ゼ、ゼフィ、なんてことを……!!」
ティオは絶句する。
良い考えだと思ったんだけど、駄目だった?
「師匠!」
ミカは呆然とするタヌキもといロイドに抱き着いた。
「なんて可愛い姿、じゃないおいたわしい姿に! 私が責任を持ってお世話しますからね!」
言いながら毛並みをワシワシ撫でて頬ずりするミカ。
心なしかハートマークが空中に飛んでいる。
タヌキの獣人のミカは、ロイドがタヌキになって嬉しいみたいだ。
良い仕事をしたな、俺。
ロイドは口をパクパクさせている。
「なぜこんな姿に、って師匠、ゼフィさまはすごい魔法を使うフェンリルですよ。忘れちゃったんですか」
ミカはロイドの言いたいことが分かるようだ。これも愛の力かな。
「ロイドさん可哀そう……でも、まあいいか」
ティオは少し同情したようだが、すぐににっこり微笑んだ。
「うちの国の領事館、動物がいっぱいで楽しいね!」
その動物ってフェンリルの俺たちも入ってるのか、ティオ。
エーデルシア領事館あらため、ローリエ領事館も掃除が行き届き、だいぶ片付いてきた。
氷を売ったお金でリフォーム業者を呼んで内装を変えたりもしている。
幽霊屋敷だった頃に比べると、まあまあ居心地よくなった。
雑草を抜いて整えた庭で、ティオは剣術の修行と称して木剣で素振りをしている。
「じゅういち、じゅうに……さんじゅうさん」
もう夜になりそうなのに、熱心だな。
俺は人間の少年の姿で庭石に腰かけて見守った。
「ねえ、ゼフィ」
「何?」
「もうちょっとしたら、僕と立ち会いの稽古を付けてよ」
ティオの真剣な顔に俺は、目を見開く。
「なんでそこまで……」
「僕は君みたいに強くなりたいんだ」
木剣を振る手を止めて、ティオは汗をぬぐう。
俺は戸惑って聞き返す。
「強くなってどうする?」
「決まってるだろ。ゼフィと対等な友達になりたいんだ」
返ってきた言葉に、俺は今度こそ言葉を失った。
フェンリルの俺と友達になりたい……?
馬鹿を言っていると笑い飛ばすことはできなかった。
ティオはこちらをまっすぐに見ている。
「友達になって、いつか、僕に君を助けさせてよ」
少しずつ、ティオは成長している。
もと宮廷魔導士のフィリップさんや、侍女代わりのミカや、近衛騎士のロキに色々なことを教わって、知識と技術を身に着けていっている。
俺は嬉しくなった。
いつかティオには俺の過去を話せる日が来るのかもしれない。
「強くなれ、ティオ。あんまり俺を待たせるなよ」
「うん!」
一番星の下で、俺はティオと軽く拳をぶつけあわせて約束した。
ところで忘れそうになっていたが、俺たちがエスペランサに来たのは、幽霊屋敷の掃除をするためじゃない。竜騎士学校に入学するためだ。
住む家も決まったことだし、もうそろそろ本題に入っても良い頃だろう。
俺とティオは貴族の礼装に着替えて、入学の手続きをしに竜騎士学校へ
兄たんたちには領事館でお留守番してもらっている。
「ほう、ローリエ……そのような田舎、失礼、遠方からよくお越しくださいました」
学校の正門で門番に書状を見せる。
予めエスペランサから「入学の時にこれで手続きしてください」ともらった書状だ。
書状を見た門番は、あからさまにこちらを舐めきった態度で言った。
「しかし今日は門の前でグスタフが昼寝していましてなあ。どうしようもないのです」
「えっ、そんな。せっかく準備してきたのに」
門番が「グスタフ」と言って示した先には、でっぷり太った大きな竜がすやすや眠っている。
俺たちの出入りを邪魔するかたちで。
ティオは門番の言葉を真に受けて、がっかりした顔をしている。
「竜騎士の資格を持つ者なら、グスタフをどかせられるでしょう。まあそもそも、竜騎士の方は地上を歩いて学校に入りませんが」
びゅうと風が吹いて、見上げると上空を竜が通って行った。
なるほど。ここは初心者お断りの門なのか。
視線を門番に戻すと彼は下卑た笑みを浮かべた。
「ですが、報酬さえ頂戴すれば、グスタフをどかすことは可能です。いかがいたしますか」
ニタニタ笑う門番。
読めてきたぞ。遠方から他国の王族、貴族を呼んできて、竜を餌にしぼれるだけしぼりとろうって魂胆が。エスペランサ、えげつない商売をする国だなあ。
「引き返しましょうか、殿下?」
「うーん」
ロキはティオに伺いを立てている。
俺は二人を制した。
「その必要はないよ。要はその太った竜をどかせばいいんだろ」
門の内側で巨体を横たえて熟睡している竜に歩み寄る。
「待ってください、竜を傷つければ入学は認められませんよ!」
門番が慌てて警告してきた。
こちらが腕力に訴えると思っているらしい。
そんなことをする必要ないけどな。
俺は鼻ちょうちんを膨らませる竜の耳元にひっそりささやいた。
「……今すぐ起きないと、食べちゃうぞ?」
バチンと音を立てて竜の目が開かれる。
今は銀髪美少年の姿をした俺をまじまじと見て、竜は大量の汗を流し始めた。
「どいてくれるよな?」
「……!」
竜はこくこく頷くと、後ずさりして、翼を広げて飛び立った。
砂埃が門前に立ち込める。
すぐに綺麗な風が砂を払っていった。
俺は振り返って、門番に笑いかける。
「これで入学の手続きはできるよね?」
「……は、はいぃ!」
呆然としていた門番は「ちょっとお待ちください!」と叫んで、門の中に駆け込んでいった。
それにしてもここはご飯が沢山で天国だなあ。
空を見上げて上機嫌の俺に、ティオが半眼でつぶやく。
「ゼフィ、よだれ出てるよ」
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