55 縁を結びなおしてあげました
俺の入った鞄を持って、ロイドは商会に引き返したようだ。
こっそり鞄に小さな穴を開けて外の様子を観察する。
ロイドはクリスティ商会の建物に入り、階段を下って地下に降りて行く。空気が蒸し暑くなってきた。火でも使っているのだろうか。
「おかえり。新型魔導銃の材料は買ってこれたか」
「この石の組み合わせで、うまく発火するか分からないけどな」
荷物を床に降ろして、ロイドは買ってきた鉱石を机に広げたようだ。
同僚らしき太った男が手元をのぞきこんでいる。
「さて。午後の作業を始める前に、昼飯を……」
ごめん。弁当は俺が食べちゃったわ。
「って、なんじゃこりゃああーっ?!」
荷物の間に、白い子犬こと俺を見つけてロイドが仰天する。
見つかっちゃった。てへっ。
「この犬ころ、俺の弁当をっ」
怒って捕まえようとするロイドの手を避けて、俺は床に飛び降りる。
三十六計、逃げるに如かず。
「待てぇぇぇー!」
俺はすたこらさっさと逃げ出した。
追いかけてくるロイドは、床に転がっていた工具につまづいて転ぶ。間抜けな奴だな。おかげで俺は首尾よく廊下に抜け出した。
暗い廊下をぶらぶら散歩する。
とっとこ歩いていると、廊下の奥から美味しそうな匂いが漂ってきた。
「なんだろー?」
匂いの発生源を辿っていく。
突き当たりの分厚い扉の向こうに発生源があるようだ。だが子狼の姿では扉を突破できない。人間の姿で"天牙"を使うことができれば、扉をぶったぎってやるのになあ。
「……それにしても困ったものです」
人の気配が近付いてきたので、俺は物陰に隠れる。
見つからないように注意しながら、やってきた人物を確認した。
そこにいたのは赤い長髪の美人さんこと、商会代表のアーサ・クリスティさんだった。部下らしい商人の格好をした男と話している。
「ローリエが、エーデルシア領事館を買い取ったのは予想外でした。あそこで新型魔導銃の実験をしていたのに」
「そうですね。誰も近寄らず都合のいい場所でした」
「アンデッドの巣窟なのに、ローリエはどうやって掃除するつもりなのかしら」
そりゃ兄たんと俺で美味しく食べて……って、あのアンデッドたちはもしかして、アーサさんの言う「新型魔導銃の実験」と関係あるのかしらん。くんくん、陰謀の気配がするぞ。
アーサさんが扉の向こうに消えたのを見計らって、俺は来た方向を戻り始めた。ここ暑いから早く地上に戻りたいなあ。
「……あ、犬ころ!」
帰り道で額にたんこぶをこさえたロイドに見つかった。
短い足をぱたぱた動かして回避しようとするが、子狼の俺はあっけなく捕まってしまう。
「この……!」
怒らないでプリーズ。
そう願いを込めてロイドの瞳をじっと見つめる。
「うっ……」
ロイドはうめいた。
「そのつぶらな目は反則だろ」
俺の気持ちは通じたようだ。やっぱり世界はラブアンドピースだね。
ロイドは俺を小脇に抱えると、歩き出した。
どうやら外まで連れて行ってくれるらしい。
「もう変なところに入るんじゃないぞ」
商会の建物の一階、玄関から外に出て、ロイドはしゃがみこんで中腰になり俺を地面に降ろした。
運んでくれてありがとな。
「……ロイドくん。サボりかな?」
その時。白衣を着た初老の男が、ロイドの背後に立った。
ロイドは振り返って「げっ」と嫌な顔をする。
「所長、ちょっと休憩を……」
「いけませんなあ。夕べの鐘が鳴る時間まで、外に出てはならん決まりですぞ」
所長と呼ばれた男は、ロイドを蛇のような目でにらんだ。
興奮した様子で言いつのる。
「まさか、また逃げ出すつもりじゃないでしょうな……?」
「また?」
俺は呆気に取られるロイドの背中を駆け登り、彼の後頭部を踏んづけて、空中にジャンプした。
「おべんとうのお礼きっく!」
「はうあっ?!」
子狼の俺の蹴りが、所長さんの顎先にクリーンヒットする。
ロイドにもらった(勝手に食べた)弁当のお返しだ。困る上司を代わりにやっつけてあげたぞ。
「な、何やってんだ犬ころ!」
感謝されると思ったが、ロイドは焦った顔であわあわしている。
あれ? 違った?
「うう……この男を捕まえろ! 逃げようとしているぞ!」
所長さんは顎に手をやって真っ赤な顔で怒鳴った。
叫びに反応した商会の人たちが集まってくる。
ロイドは急いで俺を抱えあげると、人ごみをかき分け、商会の建物を背に走り出した。彼は走りながらわめいた。
「くそっ、なんで逃げてんだよ俺は?!」
なんでなんだろうな。俺も知らん。
「はあ……はあ……!」
ロイドは懸命に走って追っ手を撒くと、狭い路地にへたりこんだ。
俺を膝に抱えて体育座りになる。
「なんなんだよ、いったい……」
心なしか、呟きには悲嘆がこもっていた。
「怪我で数年分の記憶を失ってから、変なことばっかりだ。俺の人生計画では、今頃ナイスバディな姉ちゃんと結婚して小さな魔導具店をやってるはずなのに……!」
記憶喪失なのかー。
それでミカのことを忘れてしまってるんだね。
予定していた人生計画とは違うけど、親身に心配して、一生懸命追いかけて来てくれる女の子が、あんたにはいるんだよ。
俺はロイドの腕から抜け出すと、地面に降りた。
肉球から爪を引っ張り出して地面をひっかく。
『
何とか読める字になったかな。
「犬ころが文字を書いてる? これは北通りの宿屋の名前……?」
ミカは樫の木亭という宿屋で、熱を出して寝ている。
エーデルシア領事館は掃除中だから女の子を寝かせる訳にはいかない。宿屋の一室を借りて、お医者さんに診てもらっているところだった。
「ここに行ってみろってことか。今は行くところが無いし……行ってみるか」
ロイドは立ち上がった。
俺を抱えあげると、北通りへと歩き出す。
樫の木亭の前にはティオがいた。俺とロイドを見つけると手を振る。今日のティオは掃除の手伝いもしているので、どこにでもいる平民の少年の格好をしている。
「お見舞いに来てくれたんですね、ロイドさん!」
「お、おう?」
無邪気な少年に腕を引かれて、ロイドは戸惑いながら宿屋の二階に上がった。扉を開けると、ベッドの上に横たわる獣人の少女の姿が見えた。
「ごゆっくり~」
俺とロイドを部屋に押し込むと、ティオは扉を閉めた。
訳が分からない様子のロイドはベッドに近寄る。
「こいつ、この前の……」
眠っているミカを見て、ロイドは心配そうにする。
「風邪でも引いてるのか。苦しそうだな」
ロイドは椅子を引き寄せてベッドの横に座った。
俺はミカの枕元に飛び降りる。
ぽふん、と柔らかい上掛け布団が凹んだ。
その軽い音に気付いたのか、ミカがうっすら目を開ける。
「師匠の匂いだあ……師匠、来てくれたんですね……」
夢うつつの少女は、ロイドを見て微笑んだ。
「師匠、痩せた? ちゃんとご飯食べてますか。私がいないからって、本を読んで食事もせずに徹夜したりしちゃ、駄目ですよ……」
病人に気遣われて、ロイドは思うところがあったのだろう。
「くそっ」
再び目を閉じてしまった少女の手を握って、ロイドはうつむいた。二人のつないだ手の甲に、温かい滴が落ちる。
俺は彼の涙を見ないふりをして枕元で丸くなった。
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