54 今日から探偵になります

 エーデルシアの領事館は典型的なお化け屋敷だった。

 庭は草ぼうぼうだし、窓ガラスが割れてカーテンが引き裂かれている。

 得体のしれない冷気が館内から吹き出している。

 

「ゼフィ、亡霊ゴーストだ!」

「え、どこどこ?!」

 

 館内から出てきた青白い炎の玉を、クロス兄が跳躍してくわえた。

 そのまま踊り食いしている。

 

「……ここは多数の人間が死んだようだな。死者系アンデッドモンスターの気配がプンプンするぞ」

 

 ウォルト兄が空気の匂いをかぎながら言う。

 つまりご馳走の宝庫ってことだね!

 

「ロキ、ティオ、この屋敷を買おうよ」

「えー?!」

「諦めてください殿下。フェンリルくんは我々には止められません」

 

 ティオは抵抗があるようだが、ロキはもう諦めた様子だ。

 こうして俺たちはエーデルシア領事館を買い取ることに決めた。

 翌日、氷を作って納品したが、かなり高額な値段が付いたので、エーデルシア領事館を買ってもお釣りがくるほどだった。

 

「ふふふ。氷でがっぽがっぽもうけて、俺たちもひんやりして、一石二鳥!」

 

 ただ氷を作るだけでなく、果物や肉を凍らせたものをおろしたり、色々工夫する予定だ。

 氷ビジネスは順調である。

 同時平行で、領事館でのアンデッド退治も実施中だ。

 

「ゼフィ、スケルトンがいたぞ!」

「俺にも骨を残してよ、兄たん!」

「アヒイイイイイィィッ、クワレル~!」

  

 骸骨戦士スケルトンは俺たちの姿を見ると逃げ出す。

 まったく、成仏させてやろうってのに、失礼な奴だな。

 

「アギャッ!」

「うまうまー!」

 

 大腿骨って噛みごたえがあるね。

 俺は子狼の姿に戻って骨をバリバリかじった。

 

「なんだか亡霊やスケルトンが可哀そうになる……」

「殿下、フェンリルくんだから笑い話なだけで、俺らは普通に呪い殺されますよ!」

 

 ティオとロキは一歩下がったところで、ひそひそ話をしている。

 お前ら雑談してないで草抜きや掃除を手伝えよ。

 モンスターを食べ終えたら、綺麗にしてここに住む予定なんだからな。

 

「……すみませーん。水をお届けにきました」

 

 お化け屋敷の掃除にまい進していたところ、玄関に業者が訪ねてきた。

 クリスティ商会に追加で氷を納品する予定だから、材料になる水を商会の人が届けに来たのだろう。

 モップを手に館内を掃除していたミカが応対に出た。

 

「はいはい……えええぇぇぇっ?!」

 

 しかし何故か唐突に叫び声を上げる。

 

「師匠ーっ?!」

「はい?」

 

 なんだろうと思って、俺は子狼の姿のまま、とたとたと玄関に向かう。

 水の入った樽が積まれた荷車の隣には、見た事のある青年が立っていた。

 若いのに爺さんくさい雰囲気のある、眠たそうな半眼をした長髪の青年だ。長い髪はうなじでくくって肩に流している。商会の印の入った上着を無造作に肩にひっかけていた。

 ミカの師匠で元神獣ハンターのロイド、なのだろうか。

 

「師匠! 私は師匠を探してここまで来たんです!」

「人違いじゃないか。俺はお前なんか知らないぞ」

 

 様子がおかしい。

 ロイドは俺たちのことを知らない人を見るような目で見ている。

 

「それよりも受領サインをくれ。こっちは忙しいんだ」

 

 すがるようなミカの視線を無視して、ロイドは書類を指し示す。

 仕方なくロキが俺の代わりにサインした。

 

「毎度ありー」

 

 ロイドは空の荷車と一緒に帰っていった。

 

「師匠ーっ! 私のことを忘れちゃったんですかー?! そりゃないよーっ!」

 

 ミカが庭にへたりこんで、おいおいと泣き出す。

 彼女は連れ去られた師匠のロイドを探すために、俺たちとエスペランサに来たのだ。

 

「……演技している風ではなかったな。本当にミカくんを知らないようだった」

 

 ロキが腕組みして呟く。

 この後、無視されたのがショックだったのか、ミカは熱を出して寝込んでしまった。

 

 

 

 兄たんたちは一通りアンデッドを食べ終えた後、庭の杉の木の下で寝始めた。

 人の手から離れて野生に返りつつあるエーデルシア領事館は、兄狼たちのお気に召したらしい。旅の疲れもあってぐっすり眠っている。

 俺は気まぐれにひとりで街歩きを楽しむことにした。

 たまには一匹行動も悪くないだろ。

 

「何か美味しい食べ物、売ってないかなー?」

 

 平民の少年を装って、街の中を散歩する。

 

「あれ? ロイドだ。何やってんだろ」

 

 鉱石を売っている店でロイドの姿を見かけた。

 不用心にも店の前に荷物を置いたまま石を物色している。

 俺はふと思いついて物陰に隠れると、子狼の姿に戻った。

 短い脚でとたとた店の前に戻り、ロイドの鞄の上に飛び乗って、荷物の隙間に入り込む。

 あ、弁当が入ってる。

 ちょうどいいや、食べちゃおう。もりもり。

 

「すみません、蛍石英を十個ください。あと……」

 

 買い物を済ませたロイドは、俺の入った鞄を抱え上げる。

 荷物の間に子狼が入っていると気付かない様子だ。

 

「よーし、帰るか」

 

 いったいどこに帰って何をやっているのかな。

 面白いから一緒に付いていって調査してやろう。ふふふ。


 

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