51 何とかとハサミは使いようです

 ドラ息子は頭が真っ白になっているらしく、釣り上げられた魚のように口をパクパクさせている。

 俺の後ろからロキが進み出た。

 ロキは外套の下に鎧を着込んでいて、貴人を警護する騎士だと一目で分かる格好である。


「バークリー男爵だったか。殿下が侮辱を受けた件は、領事館を通じてエスペランサに厳重に抗議させていただく」

「そ、それは……」


 ドラ息子はようやく、自分が外国の王族に喧嘩を売ってしまったことに気付いたらしい。


「困る! 止めてくれ!」


 自分の家に迷惑が掛かると、 俺たちに泣きついた。

 ロキは重々しく言った。


「で、あれば。今すぐ勘定を払ってここから立ち去りたまえ。君たちの顔は覚えた。次はない」

「はいぃ!」


 ドラ息子は慌てて銃をしまうと、ウェイターに銀貨を渡して店を出ていった。トラブルの元が去って、店の人たちがほっとした顔になる。

 俺は"天牙"を鞘に戻しながらロキを振り返った。


「処分が甘くない?」

「いろいろ大人には事情があるんだよ……」


 ロキが目を泳がせて答える。

 怪しい。何か隠してないか。

 一方、俺が剣を抜いてから黙っていたティオは、目を輝かせて言った。


「ゼフィ、さっきの鞘に剣をしまう動作、もっかいやって!」

「はい?」

「くるっと剣を回転させるところ、すごく格好良かった!」


 剣を鞘に戻す時の所作がお気に召したらしい。

 

「こうか」

「うわー! 僕もやりたいー!」

「後で教えてやるから、落ち着け!」


 俺たちのやり取りを見て、店の人が笑っている。

 微笑ましく見守っている感じだ。

 店の空気が一気に和んだ。

 店長らしき男性が奥から出てきて、俺たちに頭を下げる。


「穏便におさめていただき助かりました。その、あなたがたは……」

「我々は北の雪国ローリエの者だ」


 ロキが店長の疑問を察して答える。


「ローリエ! サーモンとソーセージが美味な国ですなあ! 以前に商人の旅に同行して、現地で新鮮なサーモンを食したのですが、非常に美味しかったです」


 店長さんは笑顔で語る。

 自国を褒められて嬉しくない訳がない。

 ロキとティオの表情がゆるむ。


「エスペランサでもこのレイガスは内陸よりなので、新鮮な魚が食べられないのが残念です。たまにローリエ産の干した魚が入ってきますが、しょっぱくて市民には不人気ですね」


 続いた店長の台詞で二人のテンションが落ちた。

 上げて落とすとは、やるな店長。


「……竜で食材を運んだらいいんじゃない?」


 俺が発言すると、ロキが苦笑する。


「ああ、それも見越して殿下にエスペランサに来ていただいたんだ。だが、一頭の竜では食材を運ぶには足りないだろうな。まだまだ先は長い」


 なるほど、ティオの留学には政治的な意図もあるんだな。

 あの王様じゃなくて、元宮廷魔導士のフィリップさんの考えかもしれないけど。


「ローリエの新鮮な食材が手に入るようになれば、当店でも使わせていただきたく思います。この度は当店にお越しいただき誠にありがとうございました。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」


 店長さんは一区切りついたと見るや、何回もお辞儀をしながら店の奥に戻っていった。店長は明言はしてないけど、俺たちの飲み食いした分はタダになりそうな雰囲気だ。たぶんお金を払う時に「お代は結構です」と言われるだろう。


「この一番高いスペシャル果実水ジュース木苺ベリーケーキを、一人二個ずつ頼もうぜ」

「フェンリルくん、遠慮ってものを知らないな……」


 俺はウェイターさんが運んできた果実水ジュースをひとくち飲んで、顔をしかめた。


「ぬるいー」


 冷たくするという発想がないのだろうか。

 雪や氷で冷やした訳じゃない果実水は、空気と同じ温度だった。


「エスペランサは暑い国だからな」


 ロキが慰めにならないことを言う。

 足元に寝そべった兄たんたちは、舌を出して苦しそうにしていた。

 この国は気温が高くてフェンリルの俺たちにはしんどい。




 喫茶店で休憩した後、俺たちは今晩の宿泊先になるローリエの領事館に向かった。

 そこで待ち受けていたのは、驚愕の事実だった。


「領事館が建設中?!」

「予定より時間が掛かってしまいまして……」


 骨組みしか無いが、二階建て庭付きの建物になる予定のようだ。

 大工さんが今まさにトンカン音を立て工事をしている。作業しているのは地元のエスペランサ人らしい。ローリエ人より肌の色が濃い。

 現場監督のおっさんが愛想笑いをして、ローリエの騎士の詰問に答えている。


「そのーう、ロー、何とかという国の領事館を建てるように命じられておりますが、エスペランサの役人様が、辺境の国など後回しで良いとおっしゃって」


 うーわ、舐められてる。

 ロキを振り返ると「やっぱり……」と額を押さえていた。

 俺の視線に気付いてロキは言い訳がましく言った。


「ローリエは他国から見ると、北の端っこの小国なんだよ。エスペランサは色々な国の王族や貴族に、竜騎士学校で交流しませんかと声を掛けてる。うちを特別扱いしてる訳じゃないんだ」

「ふーん。で、泊まるところはどうするの?」


 他国の王族であるティオは、エスペランサ竜騎士学校の生徒が利用できる宿舎に入ることができない。王族の暗殺事件が起きた場合、エスペランサは責任を持てないと言っている。

 だから他国の王族はレイガスの特別区に領事館を建て、そこから通学することになるのだ。


「宿無し……俺たちホームレス?」

「くそっ、最悪な事態が当たっちまった。今日は宿を探すとして……一体いつになったら領事館は使えるようになるんだ?!」


 ロキは髪をかきむしっている。

 俺はホームレスでもいいけどな。狼だし野宿はむしろ歓迎だ。

 けれどティオとお付きの騎士たちは困るだろう。

 仕方ない。ここは俺が一肌脱ぐか。


「……ロキ、アールフェスが泊まってる場所を知ってる?」

「一応、ティオさまと関わりがある者の所在は調べているが」

「よし。ティオ、一緒にアールフェスのところに行こうぜ」

「えっ?!」


 ティオは目を丸くして嫌そうな顔をした。

 よっぽどアールフェスが気に入らないのだろう。


「あいつを頼るのは嫌だよ!」

「頼るんじゃない。交渉するのさ。まあ、見てろって」


 俺はティオの腕をつかんで、ずんずん歩きだした。

 



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