48 真の英雄ってなんですか

 フェンリルの兄狼の身体は大きいので、魔法で小さくしてから穴に入ることにした。ベヒモスの穴に飛び込む俺たちの後を、アールフェスが追ってくる。


「なんで付いてくるの? 邪魔!」


 俺は振り返ってアールフェスにきっぱり言ってやった。


「へえ、邪魔だったらどうする。やるか?」


 アールフェスは面白そうに笑って、腰の片刃曲刀サーベルに手をかける。

 喧嘩っぱやいな。

 もしかして俺と戦いたくて追ってきたのか。


「小僧、死にたいのか」

「……(ぐるる)……」


 兄たんたちはアールフェスを睨む。

 フェンリルの絶対零度の視線を受けながら、アールフェスは余裕の姿勢を崩さない。


「どんな狼系のモンスターか知らないが、僕に喧嘩を売るのは百年早い」


 逆だよ馬鹿!

 俺は引き下がらないアールフェスにひそかに困った。口で言っても分からないなら。氷漬けにして、その辺にぽいっと捨ててこようかな。


「……うわあああああっ!」


 一色触発の状態で睨みあっていると、穴の奥から悲鳴が聞こえた。

 洞穴は音が壁に跳ね返って反響するので、叫び声はエコーがかかって大きく聞こえる。


「人間の声?」


 ベヒモスの叫び声じゃないことは確かだ。横やりが入って戦意が失せたらしく、アールフェスは臨戦体勢を解く。俺たちはひとまず先に進むことにした。

 洞窟が深くなるにつれ、闇が濃くなる。

 フェンリルの俺たち三兄弟は夜目がきくので闇を見通せる。

 アールフェスは人間だからか、途中で魔法の明かりを付けた。


 しばらく行くと大きな横穴があって、土で黒く汚れた男性がひとり倒れていた。格好からすると鉱山の作業員みたいだ。

 アールフェスが鉱夫のおじさんを助け起こす。


「大丈夫か? なぜここにいる?」

「う……」


 鉱夫は目を開けると、俺たちを見た。


「頼む……この先に助けを待っている仲間が……」


 地下道で遭難したのかな。

 真っ直ぐ行けば、ベヒモスの逃げた場所。

 横道に入ると、鉱夫のおじさんの仲間がいる。


「当然、横道に入って鉱夫たちを助けに行くだろう!」


 アールフェスは拳を握って宣言する。


「え? 俺はベヒモス狩りに行くよ」


 俺はきょとんと返した。

 意見が分かれたな。


「待て待て! 人命を優先するのが常識だろう」

「俺はベヒモスを狩りにきたんだもの。鉱夫さんたちはどうでもいいよ」

「この人でなし!」


 人間じゃないし。

 フェンリルだし。


「見損なったぞ。その剣、"天牙"を持っていた英雄は、情に厚くて正義感のある真の英雄だった、って親父から聞いた」


 アールフェスは怒っているようだ。

 俺を睨んで吐き捨てる。

 

「……」


 俺は黙って、兄たんたちと真っ直ぐ穴の奥へ歩きだした。


「お前なんか"天牙"にふさわしくない!」


 背中にアールフェスの捨て台詞が叩きつけられる。

 ちらりと横目で振り返ると、彼は鉱夫のおじさんを支えながら、横穴に入っていくところだった。


「ゼフィ……」


 クロス兄が心配そうに俺を見る。

 俺はくすっと笑った。

 アールフェスの気配が遠ざかって、ベヒモスに近付いてきたところで、兄狼にお願いする。


「兄たん、先にベヒモスを狩りに行って。俺は間に合ったら合流する。お肉を残しておいてよ」


 変身に邪魔な、パーティー用の豪華な上着を脱ぎ捨てる。

 貴金属類のアクセサリーを外し、最後に"天牙"を畳んだ上着の上に置いた。


「必要以上に目立ちたくないからね。遭難した鉱夫のおじさんたちを助けに行った英雄は、アールフェスひとりでいい」


 準備を終えた俺は意識を集中する。

 未来の、フェンリルとして成長した自分自身を思い描く。

 イメージの時計の針をくるくる右回しにすると、身体が大きくなって天井につっかえそうになった。いけないいけない。


「……さっさと用事を済ませてこい、ゼフィ。後でベヒモスの肉を一緒に食おう」


 ウォルト兄が静かに言う。

 俺は頷き返すと、身をひるがえしてアールフェスが向かった横穴へと駆け出した。




 先に行ったアールフェスの匂いを追跡する。

 進んだ先には、途方にくれている数十人の鉱夫がいた。彼らの中には怪我人もいて、何人かは地面に横たわり血を流している。


「くそっ、医者を呼んでこないと僕にはどうしようもない……」


 アールフェスは怪我人の前で顔をしかめている。

 

「こんな大勢の遭難者を竜で運べないし、どうしたら良いんだ?!」


 そこにフェンリルの姿の俺が駆け込む。

 白銀の獣の登場に、その場は静まりかえった。


「いったい……」


 俺は鼻先を天井に向けて高く吠える。

 時の魔法を広範囲に掛ける。

 怪我をした鉱夫たちの身体の時間を少しだけ巻き戻し、落盤事故に巻き込まれる前の状態に回復させた。


「き、傷が治ったぞ……!」


 驚く鉱夫たちの前で、更に奇跡を起こす。

 俺が踏み出した足元から氷の柱が生まれ、天井の土壁を貫いて上昇する。洞窟の天井に穴が空いて月光が差し込み、氷の柱は螺旋階段に変形した。

 呆然としていたアールフェスがようやく我に返って声を上げる。


「皆、あの氷の階段を登って外に出るんだ!」


 怪我が治って動けるようになった鉱夫たちは、おそるおそる階段を登る。そして外の光景を見て歓声を上げた。


「見覚えがある! ここはヒエル鉱山の南の森だ! 近くに村があるぞ!」


 助かったんだ、と彼らは口々に騒ぎ、嬉し涙を流した。

 年長の鉱夫が両手をすりあわせて俺を拝み出す。


「あの白い狼は、噂に聞く北の山の神獣さまかもしれん」

「神獣だって……?」


 アールフェスは急いで振り返る。

 しかし用が済んだ俺は、速やかに退散するところだった。


「待て!」


 待たないよ。

 兄たんが待ってるんだから。



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