47 精霊に名前を付けました

 俺はクロス兄の背中に飛び乗ってボルク城を抜け出した。

 高い城壁も兄狼にかかれば、跳躍の練習にしかならない。

 

「ゼフィ。あの竜はなんだ?」


 風と一体化して走る俺たちの上空を飛ぶ、黒い竜。

 アールフェスとかいう貴族の少年が乗っているやつだ。


「後で食っていいか」

「うーん。黒いし、毒あるかもよ」

「毒抜きすれば食えるだろう。この俺の速度に付いてくる竜だ。身がしまっていて、さぞかし旨いだろうな」


 俺と兄たんは、上空を見上げてご飯の献立を考えた。


「ちょっとゼフィ、昔の仲間の子に、それはないんじゃない?!」

「天牙」


 腰につけた"天牙"が光って、青い髪の少女が現れる。


「昔の仲間?」

「白髪の悪魔バルトの息子さんだって、スウェルレンの王様が言ってたでしょ!」


 ステーキに夢中であんまり聞いてなかった。

 ほーう。

 俺は昔の記憶を引っ張り出して、白髪の悪魔バルトの面影を探す。


「似てないような」

「そうね。バルトは髪が白くて、ちょっと病んでる系の痛いやつだったわ」

「天牙はよく覚えてるな」


 フェンリルに生まれ変わった影響で記憶が曖昧なところがある。

 しかし"天牙"は昔の俺や仲間たちのことを詳細に記憶しているようだ。

 "天牙"は俺が兵士として戦い始めてすぐに偶然手に入れた剣で、当時は値のはる名剣だと知らなかった。やけによく切れる剣だなあと思っていたくらいである。人生の半分を一緒に過ごした剣だった。俺について、俺の知らないことも知っていて不思議じゃない。


「その天牙っていうの、やめてよ。可愛くない!」


 天牙の精霊は頬をふくらませて俺に抗議する。


「名前を付けて、ゼフィ」

「なまえ? てんがで良いじゃん」

「ゼフィの恥ずかしい思い出を」

「分かったよ」


 名前くらい減るもんじゃないし、付けてやるとするか。

 女の子向けの可愛い名前が良いよな。

 

「……メープル」


 鞘のかえでの紋様から思いついた安直な名前だ。メープルシロップって甘くて美味しいよね。パンに塗って食べると最高……いかん、脇道に逸れた。

 単純な名前だから拒否されるかなと心配したが、天牙の精霊はパッと顔を輝かせた。


「メープル! これが私の名前! 素敵な名前だわ、ありがとうゼフィ!」


 メープルは俺に抱き着くように頬ずりして、額にキスを落とすと、剣の中に消えた。

 実体が無い精霊だけど触られた感触がある。


「さすが俺たちのゼフィだな! 精霊を配下にするとは!」

「クロス兄、この子は食べないでよ」

「人間の姿をしたものには食欲が沸かんから安心しろ」


 クロス兄は俺とメープルのやりとりを聞いていたが、特に問題は感じていないようで上機嫌だった。


「あ、ウォルト兄だ……」


 しばらく走ると、瓦礫の山の上に立つウォルト兄の姿が見えてくる。

 クロス兄がウォルト兄に近づくと、俺は背中から飛び降りた。


「ウォルト兄! ベヒモスってどこ?」

「……地下に逃げられた」


 ウォルト兄は瓦礫の下に向かってうなっている。

 耳と尻尾を伏せ気味にして、テンションが下がっているようだ。

 言葉少ないウォルト兄の説明を、クロス兄が補足した。

 

「地震がしたから震源地に来たら、地上にベヒモスが顔をのぞかせていた。ウォルト兄が頭をひっぱって、地上に引きずりだしたんだ」


 クロス兄が俺を運んでくる間に逃げられたってことか。

 この瓦礫の下から地下に潜っていったんだろうか。


「……なんだ、ベヒモスはいないのか」


 上空の黒い竜からアールフェスがすたっと瓦礫に飛び降りて、残念そうに言う。


「ベヒモスは大地属性の上級モンスターだ。地下に隠れてしまっては、どうすることもできないな。あーあ、せっかく来たのにつまらない」


 何しに来たんだよ、お前は。

 だけどつまらないのは俺も一緒だ。

 意気消沈している兄たんたちも可哀そうだし。

 ……そうだ!


「穴を空けて、ベヒモスを追いかけようよ!」

「どうやって?」

「見てて」


 俺は兄狼とアールフェスを下がらせて、愛剣"天牙"を腰だめに構えた。

 この剣なら、かつての俺の剣術を完全に再現できる。

 

「……はあっ!!」


 裂帛れっぱくの気合と共に抜刀した俺は、目にも止まらぬ三連撃を放つ。

 一閃目は、瓦礫を根本から斬る。

 二閃目は、斬った瓦礫を空中に跳ね上げる。

 三閃目は、跳ね上げた瓦礫の山を、剣風で粉々に吹き飛ばす!


「すげえ……」


 アールフェスが感嘆の声をもらし、口笛を吹いた。

 瓦礫の山が綺麗に消失して、後にはベヒモスが潜っていった穴があらわになっている。


「これでいいよね」

「でかしたぞゼフィ! さすがだ!」


 兄たんたちは三角耳をピンと立てて猛烈に尻尾を振る。


「よし。ベヒモスを追いかけよう!」


 俺は剣を鞘に戻すと、兄狼と共に地下に空いた穴に飛び込んだ。



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