43 いきなり勝負が始まりました

「ゼフィさま、起きてください!」

「ゼフィ!」


 うーん、何?

 

 俺は子狼の姿で、ティオの枕をうばって就寝していた。

 普段は兄狼と一緒に人間から離れて眠るのだが、スウェルレンでは兄狼と別行動で、人間の宿に泊まっているのだ。一人で寝るのは寂しいので、こういう時はティオのベッドに潜り込むことにしている。

 

 目を開けると、メイド姿が板についたミカと、もう起きて着替えたらしいティオが、俺をのぞきこんでいた。


「どしたの?」

「"天牙"が、ならず者に盗まれたらしいです!」

「なんだって」


 俺は獣耳をピンと立てて、飛び起きた。

 急いで人間の姿に変身する。

 裸の人間に変身するのは恥ずかしいので、いつも簡単な衣服を着た姿に変身するようにしている。しかし知らないものや複雑な服は再現できないので、下着までは変身で用意して、上着などは実物の服を借りていた。

 

「ザトーさんのお弟子さんが、"天牙"を私たちの宿まで届けてくれる途中でおそわれたそうです。犯人は、"天牙"を返して欲しくば、時計塔前広場まで来いと……」


 ミカの説明を聞きながら着替え終えると、見計らったようにロキが部屋の扉を開けた。


「フェンリルくん、一緒に時計塔広場まで来てくれ!」


 俺たちは犯人が待つ、時計塔前広場まで移動した。

 時計塔とは、時刻を測る円盤型の装置を天辺に設置した、背の高い建造物のことだ。

 時計は、魔力水晶シトリンを動力源として半永久的に作動する、複雑で高度な装置だ。魔法使いによる定期的なメンテナンスも必要なので、一般庶民が個別に持てるものじゃない。だから街や村で時計塔を作って、皆で共有しているのだ。


「よく来たな!」


 広場には、背中に沢山の剣を背負った、筋骨隆々とした大男が立っていた。

 

「剣の道を志して三十年、俺は剣豪トリッセン!」

「だれ?」

「あちこちの剣術道場を渡り歩き、剣士と見れば決闘を申し込む、はた迷惑な傭兵らしいよ」


 街の人が遠巻きに噂話をしている。

 ロキは、トリッセンの前に進み出た。


「貴様が、刀工ザトーの弟子から奪った剣を返してもらおう。それは我が主のために、研ぎをお願いした剣だ」

「ふんっ。どうせ貴族の道楽だろう。せっかくの名剣が、お坊ちゃんの遊び道具とは、剣が泣いておるわ!」


 トリッセンは堂々と宣言した。

 確かに当たらずも遠からずだけどさ、それって横から強奪する理由にはならないだろ。


「名剣は俺のような剣士のもとにあるべきだ! 異論があるというなら、剣で決着をつければいい。そこな騎士よ、剣の心得があるなら、俺と戦え!」

「くっ」


 ロキは大衆の面前で喧嘩を売られて、うろたえている。

 ざわめく群衆の中、トリッセンは笑みを浮かべて進み出た。


「さあ、いざ……料理勝負を!」

「……はあ?!」


 俺たちは唖然とした。

 いやー、聞き間違いかな。こいつ今、料理勝負って言わなかった?


「ふっ、こんなところでチャンバラをすれば、スウェルレンの警備隊が飛んできて逮捕されるだろう! よってここは広場に集まった皆さんに炊き出しを行う料理勝負とする!」

「……剣で決着をつける件はどこいったんだよ」

「刃物の扱いは、包丁さばきを見れば一目瞭然!」


 包丁と剣は一緒じゃないっての!

 

「ロキ、僕は勝負を受ける……!」

「ティオさま?!」

「だって今までお爺ちゃんの家で、家事手伝いもしてきたんだもの。負けないよ!」


 ティオは無茶苦茶やる気だった。

 剣の果し合いでなくて良かったかもしれない。


「あー、野菜と肉を準備するな。好きなだけ切り刻めや。食べれるものを作ってくれよ」


 広場で出店をしていたおっちゃんが、荷車に積んだ野菜と肉を持ってきてくれた。

 スウェルレンの人たちはお祭り好きなのか、料理勝負会場をセッティングしてくれる。

 いったい何が始まるんだ……。


「レディース、アーンド、ジェントルメン! 急遽、時計塔前で始まった料理勝負! 司会をつとめさせていただきますのは、スウェルレン市場のアイドル、ククリです! 剣豪トリッセン、バーサス、見習い剣士ティオ少年! 勝負の火ぶたが切って落とされようとしている……!」


 浅黒い肌に金髪の女の子が、メガホンを手に実況を始めた。

 ロキは「訳が分からない」と頭を抱えている。

 俺は腕組みして様子を見守ることにした。

 もうどうにでもなれ、という気分だ。



 ゼフィ……私を探して



 風に乗って女の子の声がしたような気がした。


「何……?」


 見回したが、誰も俺を見ていない。

 首をかしげて俺は料理勝負の観戦に戻った。



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