42 愛剣を研いでもらいます
こうして俺たちはエスペランサに向かって旅を始めた。
旅の間、野宿はほとんど無かった。大抵、騎士の人たちが手配した宿屋や民家に宿泊したり、領主の館に泊めてもらったりしていた。お偉いさんの接待は、本当は王子様が対応すべきなのだが、まだまだ慣れないティオの代わりにロキが対応したようだ。
俺は兄たんと一緒にぼちぼち旅を楽しんでいる。
お腹が空いたら兄たんたちと狩りに行ったり。たまにやってくるヨルムンガンドと魔法の練習をしたり。
ロキは俺たちの正体を知っているので見てみぬふりだ。なぜか行く先々の村で「危険なモンスターがいなくなった王子様万歳」と言う人たちがいたが、きっと俺たちの狩りとは無関係だろう。
「見て、ゼフィ」
岩の国スウェルレンに入国してすぐの宿屋。
見せたいものがあると言って、ティオは俺を自分の部屋に連れ込んだ。
「お前、剣を持ってきたの?」
思わず「俺の剣」と言いかけて自制した。
ティオは荷物から、見覚えのある鞘に白い
「父さまがスウェルレンで
"天牙"は、基本に忠実な両刃の
愛剣を研いでもらえると聞いて、俺はテンションが上がった。
「いいじゃん! どこで研いでもらうんだ? 店は聞いてるの?」
「なんだか楽しそうだね、ゼフィ」
ティオは不思議そうに首を傾げた。
その数日後。
王様から持たされた紹介状を持って、俺たちは工房が並ぶ街を歩いていた。スウェルレンには王族御用達の職人がいるそうだ。紹介状があれば優先的に仕事を受けてくれるという。
兄狼たちとは別行動だ。
雪と氷のフェンリルであるクロス兄とウォルト兄は、スウェルレンの街に漂う鉄と火の匂いが臭いと言って、街に入りたがらなかった。
スウェルレンはあちこちに工場や職人の工房があるので、煙突付きの家が多く、煙突からは白い煙が立ち上っている。ここは
工房の敷地の片隅には、決まって石を積み上げた奇妙なオブジェが立っている。
「あれ、なんだろう」
ティオは石のオブジェを見て疑問を持ったようだ。
護衛として付いてきているロキが答える。
「スウェルレンは精霊信仰の国なんですよ。職人は自分の家に、火の精霊を祀った
あれって
精霊ってこの前、ウォルト兄が食べてた奴か。
雑談しているうちに目的地に着いたようだ。
「ここが、一級刀工ザトーさんの工房だな……すみませーん」
古くて立派な工房の扉を、ロキは遠慮なくノックする。
中から出てきた若い男は紹介状を見ると緊張した面持ちになって、工房の中へ通してくれた。
工房の奥には、背の低いがっしりした体格の男が、火の前に座って道具の点検をしている。男は
彼がザトーさんらしい。
「"天牙"か。久しぶりに見たな。これは百年以上前、ワシの祖父が作った剣だ」
ティオが差し出した剣を受け取り、ザトーさんは目を細める。
「研いでもらえますか?」
「もちろんだ……しかし」
なぜか、ザトーさんは困惑した表情で剣の刀身を見つめている。
「百年以上、年月を経た名剣には、剣の魂たる精霊が宿るという……」
「??」
「独り言だ、気にするな」
俺は暇なので、壁や棚に立てかけられた剣を眺めていた。
「ティオ、この剣なら軽くてお前も使いやすいんじゃないか」
勝手に剣を選んで、鞘からすっと刀身を抜いた。
うーん、鞘走りの音が綺麗だ。
「良い目利きだ……その手つき、お前は只者ではないな」
ザトーさんがキラリと目を光らせて俺を見た。
うえっ、注目されてる?
「おお、さすがフェンリルくん。ティオさま、剣を持ってみてくださいよ」
「僕は"天牙"が良いのにー」
ロキが間に入ったので、ザトーさんの視線は俺から外れた。
ティオは不承不承、俺の選んだ剣を受け取る。
「ザトーさん、この剣をいただけますか? あと"天牙"の研ぎはどのくらい掛かりそうです?」
「明日には終わる」
ロキの言葉に、ザトーさんはむっつり答えた。
「よろしくお願いしますー」
俺たちは"天牙"をザトーさんに預けて、ティオ用に軽めの直剣を買って帰った。
「ティオ、お前どうして"天牙"にこだわるんだ?」
自分用の剣を買ってもらったというのに、ぶすっとしているティオ。
贅沢な奴だなあ。
「"天牙"は英雄の剣なんでしょ? 僕は剣に見合うような、英雄になりたい!」
「ふむふむ。ティオ、英雄になるにはな、ご飯の好き嫌いをしちゃ駄目なんだぞ。ピーマンやニンジンはきちんと食べないとな」
「ええ?!」
俺の言葉にロキが「ナイスだフェンリルくん」と感心している。
英雄になりたい、なんて、子供は可愛いなー。
ほのぼのしていた俺だが、翌日、ザトーさんの工房からの知らせに楽しい気分は吹っ飛んだ。
なんと、"天牙"が剣豪を名乗る男に強奪されたというのだ。
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