41 昔取った杵柄です
ミカの師匠を助けるために、結局エスペランサに行くことになりました。こうなったら留学の話に乗って、王様にサポートしてもらったほうがお得だよな。
そういう訳で俺たちはミカを連れて、王様に会いに行った。
「おお、ティオと一緒に行ってくださいますか!」
王様は大喜びだ。
「世間知らずで、王族としての教育も十分ではないティオを、国外に出すのは不安だったところです」
「ひとのこと言えるの? 二年間引きこもってた絵描きの王様」
「いやあ、それを言われると弱いですなあ」
俺は人間の姿で、兄狼二匹とミカと一緒に、宮殿の奥にある一室に通された。
そこで王様とフィリップさんと、打ち合わせをすることにした。
護衛が数人、部屋の外で待機しているだけで他人がいないので、王様はくだけた口調でしゃべっている。
「ミカさんは、獣人ですか? 猫、にしては耳が丸いですね」
「わ、わたしは、タヌキです!」
ミカは真っ赤な顔でしどろもどろに言った。
王様の前で緊張しているようだ。
フィリップさんが静かに進言する。
「彼女さえ良ければ、侍女の身分として連れていってはいかがでしょう」
「貴族の屋敷でお手伝いとして働いた経験はあります! エスペランサで育ったので、足手まといにはなりません」
「それは心強いな」
紅潮した頬のまま、勢い込んでミカが答えた。
エスペランサに詳しいミカがいれば、現地で迷うこともなさそうだ。
「ゼフィさまは、私の親戚でティオさまの乳兄弟ということにすればよろしいかと」
「ほえ?」
「ちょうど親戚にセイル・クレールという少年がおります。ティオさまは陛下の隠し子で、辺境の片田舎で私の親戚のセイルと育った、ということにすれば筋が通るでしょう」
ああ、そうか。ゼフィって本名のままで行く訳にはいかないもんな。
淡々と設定を詰めていたところで、扉がバーンと開いて、ティオが乱入してきた。
ティオは嬉しくて仕方ないのか、俺に飛びついてくる。
部屋の出入り口で、護衛の人が困った顔をしていた。
「ゼフィー! 一緒に竜騎士学校に来てくれるって本当?!」
「ティオ、上着のボタンがずれてる」
「だってこんな複雑な服、難しくて分からないよ!」
貴族の服は凝った作りのものが多いから仕方ない。
それに貴賓室にノックせずに飛び込むって、人間の貴族的にはよろしくなかったような。誰かこいつに礼儀作法を教えてやれよ。
こうして準備を進めた俺たちは、いよいよ騎士団に護衛されてエスペランサに旅立つことになった。
俺が竜に変身するか、ヨルムンガンドに飛んでもらえばすぐに着くのだが、人間に目撃されて噂になったら面倒なことになる。まあこの際、のんびり観光がてら旅をするのも悪くないと思う。
南の大国エスペランサへは、岩の国スウェルレンを通る必要がある。
スウェルレンは
旅の護衛についた騎士団の隊長は、意外な人物だった。
「フェンリル君、久しぶり」
「ロキじゃん」
出会った時と違い無精ひげを剃ったロキは、黒髪に青い瞳の好青年だった。
しかし部下の騎士たちがきっちり制服を着ているのに、襟元をゆるめて旅用コートの下を麻のシャツにしているあたり、どことなくチャラい雰囲気を漂わせている。
「あれ? 怖いフェンリルのお兄さんたちは?」
「ふふふ……」
ロキは俺の事情をある程度、知っている。
いつも一緒にいるクロス兄とウォルト兄の姿が見えないと疑問を口に出す彼に、俺は含み笑いで答えた。
「じゃーん、兄たんたちです!」
俺の両脇から、大型犬サイズになったクロス兄とウォルト兄が進み出る。
変身の魔法をかけて小さくなってもらったのだ。
「うおっ?!」
「あなどるなよ、人間。この姿でもお前を一瞬で凍らせることは可能だ」
「……(グルル)」
最近、俺につきあって人間と話すことが多いので、兄狼は人間と言葉が通じる魔法をすっかりマスターしてしまった。
ロキは兄狼の絶対零度の眼差しにおびえて後ずさる。
「俺の護衛、必要ないんじゃ……」
だよね。実は俺もそう思った。
問題があるとしたら、ティオの方だ。
「やっと勉強から解放される……」
ティオは旅立ち前に礼儀作法や試験勉強を詰め込まれたらしく、げっそりした様子だ。村にいた頃と違い、王子としての服を着せられているが、慣れていないのか服に着られている感が半端ない。
嘆いているティオの後ろ頭を、メイド姿のミカが定規で叩いた。
「殿下、背筋を伸ばして! 残念ながら、私は旅の間も作法を教えるように仰せつかっています」
「そんな……」
真面目なミカは、ティオの家庭教師代わりになったらしい。
剣術はロキに教わることになっているから、ティオは旅の間もみっちり英才教育を仕込まれるだろう。大変だなー。
「それにしてもゼフィさまは、きちんと礼服も着こなしているし、食事のマナーも完璧ですね。いったいどこで身につけられたのですか?」
ミカが俺を見て不思議そうにした。
セイル・クレールという貴族の少年を演じるにあたって、俺もティオと同じように貴族の服を身に付けている。
銀髪美少年の俺が、藍色の生地に銀糸の刺繍が入った
人間だった頃は、一応、爵位をもらって将軍やってたからな。平民出で馬鹿にされないように、一通り礼儀作法を身に付けたっけ。こんなとこで役立つと思わなかった。
「さすが俺たちのゼフィだ。人間の王族と並んで遜色ない」
「……(こくこく)」
兄たんたちは単純に感心している。
「さすがフェンリルくん、何でもありだな」
ロキは「神獣フェンリルだから」と早々に思考を放棄したようだ。
なんでか、ミカ以外、誰も俺の過去に疑問は無いらしい。
まあいっか。
「頑張れよー、ティオ」
「ええっ、頑張るの僕だけ?!」
昔取った杵柄で人間に化けて行動するのは支障なさそうだ。
ティオをからかって、美味しいものを食べて……楽しい旅行になりそうだな!
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