40 兄弟一緒なら怖くないです
なんてことだ。俺の肉は突然現れたヨルムンガンドに食べられてしまった。
「君に転移の魔法を教えたら、私も意外な場所に転移してみたくなってな。皿の上はなかなかワクワクしたぞ」
やっぱり変なことを考えているヨルムンガンドは、無意味に俺に向かって胸を張った。
ところでレアステーキを乗せた皿は、後ろのウォルト兄とクロス兄にも配られている。そちらには分裂したヨルムンガンドが入っているということもなく、兄狼は皿の上の肉にかぶりついていた。
「少し油っぽいが、柔らかくて美味い肉だな!」
「……(がつがつ)」
良いなあ、兄たん。俺もお肉食べたかったよ。
意気消沈していると、俺の様子に気付いた給仕人があわてて「代わりの肉を持ってきます!」と走っていった。
人間たちは皿の上から現れたヨルムンガンドに驚いていたが、俺と話しているのを聞いたので、触らぬ神に祟り無しとばかりに、小さな竜の存在は見てみぬふりをしている。
「ところでゼフィ、さっきの留学の話だが」
「留学?」
ヨルムンガンドは勝手にテーブルの上のナプキンを使って、きゅっきゅっと口元から肉汁をぬぐっている。
留学って、ティオが外国に勉強に行く話か。
「私たちも一緒に行ってはどうかね。ほら、私の孫娘を連れ戻してくれる約束だったろう」
そういえばそうだった。
ヨルムンガンドには魔法を教えてもらう代わりに、人間の国にいるヨルムンガンドの孫娘を連れ戻すのを手伝う約束だった。
「だけど、わざわざティオと一緒に留学までする必要はないんじゃない? 今からちょっと会いに行くんじゃ駄目なの?」
ヨルムンガンドの翼なら、大国エスペランサまですぐ飛んで行ける。
そうして孫娘と俺が会って話せば済む話だ。
人間の振りをして留学するのは回りくどいし、手間も時間も掛かる。
「それがな……前に私がエスペランサを訪問した時、ついうっかり、ちょっと大きい人間の街を水浸しにしてしまったんだ。それ以来エスペランサの人間は、私を警戒していて」
「自分が元凶じゃん」
「それに私の孫娘は、エスペランサの竜騎士学校にいるようなのだ」
黙って俺たちの話を聞いていた王様が口を挟んだ。
「フェンリルさまが一緒に来てくださるなら、ティオも喜ぶでしょう。もし一緒に来ていただけるなら、こちらで人間の世界での仮の身分を用意します」
うーん。人間に混じって生活するのは嫌だな。
前世で大変さを知っているから余計に面倒くさい。
それに兄たんと一緒にいられなくなるし。
「反対だ、ヨルムンガンド殿! ゼフィはまだ小さいのだ。遠い人間の国に行くなんてとんでもない!」
「……(グルル)」
やっぱりクロス兄も、唸っているウォルト兄も反対なようだ。
「じゃあ多数決により却下ということで」
「こら、まだ投票は終わっていないぞ。私と人間の王は賛成で二対二だ!」
ヨルムンガンドはうるさく言っていたが、俺は再び運ばれてきた肉に夢中になっていた。
この流れで留学の件はうやむやにしてしまおう。
お腹がいっぱいになった俺は、兄狼に乗って
ふあー、眠い。
人間の村で農作物を見ながら、昼寝しようかな。
「フェンリルさま!」
兄狼と村に入ると、サムズ爺さんが深刻そうな顔をしていた。
「どしたの?」
「獣人の娘が……」
何だか血の匂いがするな。
見回すと、村の入り口に立っている看板の前で、赤い血を流した少女が地面に倒れていた。赤茶色の髪の間には丸い獣耳が生え、腰には太い尻尾が付いている。
雪におおわれた道には、点々と血の跡があった。よほど遠くから歩いてきたのだろうか。
村の洗濯物おばさんこと、ダリアさんが少女を助け起こした。
「あんた、ミカじゃないか! ロイドさんはどうしたんだい?」
「師匠……師匠は捕まって」
獣人の少女、ミカは深い怪我を負っているようだ。
俺は少女に近寄ると、手をかざして時の魔法を使った。
怪我を負ったのは数日前だと想定して、一週間だけ彼女の肉体の時間を巻き戻す。蒼白で血だらけだったミカの傷が、あっという間に癒えた。
「ありがとう。でも私、エスペランサに師匠を助けに行かなきゃ」
「ちょっと、あなた」
ダリアおばさんは止めようとしたが、ミカはよろよろと立ち上がって、村の外に出て行こうとする。
「だらしなくて、面倒くさがりで、嘘ばっかり言う最低の師匠だけど……私を助けてくれた。だから、今度は私が、師匠を助けないと」
俺は腕組みして、考え込んだ。
またエスペランサか。
「ゼフィ、人間のことなど、放っておけ」
クロス兄が俺の肩あたりを鼻で押す。
「……と、言いたいところだが、気になるんだろう?」
「クロス兄」
「……俺とクロスの勝負がまだ付いていなかった。エスペランサは大きな人間の国と聞く。そこを征服すれば、俺の勝ちだな」
「ウォルト兄」
兄狼二匹はそれぞれ俺の両側に立った。
両手を伸ばして、兄狼の太い首を抱きしめながら「一緒に来てくれる?」と聞く。承諾の代わりなのか、兄狼は無言のまま鼻先で俺の銀髪をかき回した。
「ミカ!」
「……?」
俺は兄狼から離れて小走りで、一人、村から歩き出そうとしているミカに追い付く。
きょとんとした彼女に言った。
「仕方ないから、一緒に行ってやるよ」
「……」
「だから、一人で頑張らなくても良いんだよ」
ミカの腕をつかんで引き留める。
呆然とした彼女の頬に涙があふれた。
本当は心細かったのだろう。
逆に飛び付いてきて、俺の胸に顔をうずめて泣き始めた彼女の背中を、とんとんと優しく叩く。そのまま彼女が落ち着くまで、胸を貸してあげた。
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