33 何でも食べ物に見えてしまいます
それにしても新しい魔法を教わった直後に、活用することになろうとは。
「もしかして、こうなるって分かって転移の魔法を教えてくれたの?」
「いいや。私の孫娘を助けるために必要な魔法だからな」
「孫娘?」
予知でもしたのかとヨルムンガンドに尋ねてみると、青い竜は偶然だと言う。
孫娘って、いったい何の話だ。
「家出した娘が、人間と結婚してね。人の血をひく孫娘がいるのだ。孫娘は神獣の力を持っているから、できれば神獣の世界に引き取りたいのだが」
「何か問題があるの?」
「うむ。幼い孫娘に会いにいったのだが、ヘビ来ないで! と泣かれてしまってな……」
何を思い出したのか、ヨルムンガンドは遠い目をした。
「君にも説得を手伝って欲しくて、転移の魔法を教えたのだ」
「ふーん。それって、クロス兄とティオを救出してからでいいよね」
「もちろんだ。そこまで急ぎではない」
ウォルト兄は俺たちを乗せたまま、颯爽と白銀の雪原を駆けている。
空には黄金の太陽が暑苦しく光っていた。
このままだと前回同様、俺は途中でダウンしそうだ。
「兄たん、どこへ行くの?」
「
父上……俺、会ったことないけど、息子だと認知されてるのかな。
元人間だし。
うう、不安だ。
しかしウォルト兄は俺が黙ったことに気付かないようで、雪原をどんどん進んでいく。
雪原の彼方に針葉樹の巨木が見えてきた。
黒々とした幹をまっすぐに伸ばし、傘のような枝葉を伸ばした一本の立派な木だ。
張り切りすぎの太陽のせいで上に積もった雪は溶けているが、枝葉から地上に向かって硝子の玉をつなげたような
ウォルト兄が雪を蹴立てて走り込むと、風に揺られた
木の陰は太陽の光が届かないようになっている。
立ち止まったウォルト兄の背中から飛び降りた俺は、子狼の姿に戻った。
「よく戻った、ウォルト」
重々しい男性の声が響く。
赤みがかった銀色の毛並みを持つ、ウォルト兄よりも母上よりも大きなフェンリルが俺を見ていた。憎い敵でも睨んでいるような険のある目つきだ。
彼が父上なのだろうか。
そのフェンリルは何故か深紅の王様マントを羽織っている。
マントには白抜きの角ばった文字が四つ大きく並べられている。知らない種類の文字で、どういう意味か分からない。
俺の横に着地したヨルムンガンドが小声で言う。
「あれは東洋の人間の国の文字で、"悠々自適"と書いてある」
「はい?」
「……そちらの小さいのはもしや末っ子のゼフィリアか」
なぜに「悠々自適」なのか。ヨルムンガンドと内緒話をしかけていた俺は、父上の鋭い眼差しに震えあがった。いったい彼の中で俺はどういう位置付けなのだろう。
「はい。この子が、弟のゼフィリアです」
ウォルト兄は胸を張って報告する。
父上は、のしのしと大股で歩いてきて、恐怖に震える俺をのぞき込んだ。
「ゼフィリアだと……!」
きゃーっ、助けて兄たん!
「小さくて柔らかい! これが私の子供! なんという愛らしさだ……!」
「ひょえええ」
鼻づらで小突きまわされて、俺は悲鳴をあげた。
これは父上なりの愛情表現らしい。
ウォルト兄は微笑ましそうに見守っている。
やめて、これ以上撫でられたら自慢の毛並みがはげちゃう!
「……ふう、あまりの可愛さについ我を忘れてしまった。そちらにいらっしゃるのは東の海に棲むヨルムンガンド殿か? 我が息子たちへの加勢、感謝する」
「私は何もしていない。礼にはおよばんよ」
父上とヨルムンガンドは、節度を保った大人の挨拶をかわした。
俺はぐったりしている。
「父上、クロスが魔族どもに囚われました! 今すぐ奴らのアジトを粉々にし、
ウォルト兄は威勢よく宣言する。
粉々にして追い出す……過激だな。俺は加害者のドリアーデが昔の知り合いなので、できれば死んでほしくないと思っている。
「まあ待て、ウォルトよ。魔族たちは我々フェンリルがこの北の大地で保護してきた種族だ。全滅させるのはたやすいが、簡単に滅ぼしてよいものではない」
父上は威厳のある様子でウォルト兄をなだめる。
「そもそも太陽の精霊が解放されたなら、好都合だ。食べてしまえばいいのだから」
「は??」
「昔、鍋に入れて調理しようとして、うっかり放置してしまってな……」
若気の至りだと父上は遠い目をする。
え、太陽の精霊って食べれるの……?
「ウォルトよ、太陽の精霊を探して食え。そうすれば神力も上がり、俺を倒すだけの力も手に入るだろう」
「狩りという訳だな、父上! ウオオオオーーン!」
興奮しているのか、ウォルト兄は台詞の後半で吠えた。
思わぬ話の成り行きに俺はポカンとした。
太陽の精霊、美味しいのかな。
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