32 使える魔法を増やしました
今度こそ役に立つ魔法を教えてもらうぞ。
例えば……そうだ、物を増やす魔法なんかどうだ?
美味しいお肉に魔法をかけると二倍になる。増やしたお肉にさらに魔法をかければ四倍に! そうして無限増殖するお肉でウハウハ生活を送るのだ!
俺は束の間、妄想にひたる。
ヨルムンガンドは小さい姿で表情が分からないが、呆れたように言った。
「何を考えているのか、顔を見れば分かるぞ。食べ物に関する魔法か、派手な攻撃魔法を教えて欲しいと思っているのだろう」
「え? ソンナコトナイヨ」
「だが断る。君には転移の魔法を教えよう」
何故か前回と同じような流れで、やっぱり地味な魔法を教わることになった。
「てんい……?」
「転移は空の属性だから、前に教えた時の魔法と時空関連で相性がいい魔法だ。魔法は近い系統が覚えやすい。これを
「理屈はいいから、実際の使い方を教えてくれよ」
「よろしい。これは魔法で力場を作って、離れた空間をつなぐ魔法だ……」
ヨルムンガンドの説明を聞きながら、俺は別々の場所に二つの扉を作り、それをゼロ距離でつなげるイメージをする。集中すると、目の前に光でできた小さな扉が現れた。
まずは試しに手元のティーカップを扉に入れてみる。
ティーカップは扉を通って、少し離れたテーブルの端に現れた。
「できた……!」
「おお、やっぱり君は魔法の才能があるな。一発で成功させるとは」
ヨルムンガンドは感心したようだ。
俺もまんざらでもない。
前世は魔法を全然使えなかったけど、今世では魔法を使えて楽しい。
もっといろいろな魔法を覚えたいなー。
「……あれ? そういえば、前に
「
「ということは、俺は初めから氷の属性を持ってたってこと? 時の魔法と、変身の魔法、今は転移の魔法を覚えて……」
合計四つか。なんか多くないか。
「ゼフィ君の年齢なら、普通は二つが限界なんだが」
「俺って天才?」
「うーむ」
ヨルムンガンドは何故かうなって腕組みをした。
俺はテーブルの端に転移させたティーカップを取りに行った。
そうして、妙にティオとクロス兄が静かだな、と気付く。
「クロス兄? 寝てるのか? ティオも」
食堂の隅で、食事を終えたティオは机に突っ伏して寝ていた。
クロス兄も体を丸めて寝息を立てている。
俺は起こそうと彼らに近寄った。
しかし、行くてをさえぎるように、ドリアーデが俺の前に立つ。
「……小さいフェンリルさまは眠らなかったようですね。変身の魔法を使っているからでしょうか。魔法同士が干渉しあい片方が無効になる場合があると、聞いたことがあります」
「えっ?」
ドリアーデの言葉を聞いて、俺は驚いた。
どうやら彼女がクロス兄とティオを眠らせたらしい。
「どうして眠らせたんだ。まさか……」
「ご安心ください。人間と違って、私たちは殺しなど野蛮なことはしません。ただ、太陽の精霊を探すフェンリルさまは邪魔なので、眠っていて欲しいだけ」
俺は身構えながら、頭の中で話を整理した。
鍋が偶然開いて太陽の精霊が逃げ出したって話だけど、ドリアーデ率いる魔族たちが意図的に封印を解いたのかもしれない。
太陽の精霊を探すフェンリルって、何のことだろうか。
「危害を加えるつもりはありません。どうか大人しくしてください」
「って、言われても」
ドリアーデと魔族たちが、俺を取り囲むように輪になって迫ってくる。
どうしようと思っていると、ヨルムンガンドが助言をくれた。
「ゼフィ君。ここはひとまず逃げてはどうだ?」
「確かにそれが良さそうだなっ」
俺は食堂の外に向かって駆けだした。
クロス兄とティオを置いていくのは心苦しいが、ドリアーデは眠らせる以上のことはしないと思われる。「危害を加えるつもりはない」と言っていたし、実際に優しい性格だということは、過去に一緒に戦った仲間だから知っている。
走る俺を止めようと、獣人が襲ってくる。しかしこちらが子供の姿をしているからか、下手に攻撃して怪我をさせたら可哀想だと思っているようだ。困った顔をしていた。
ひらりとそいつらを軽くいなしながら、俺は外に出る扉を探す。
元来た道を戻っていくと、大きな岩の扉の前に辿り着いた。
岩の扉は重く分厚い。
押してもひいても開きそうにない。
扉の前で立ち止まっていると、ドリアーデが追い付いてきた。
「そこまでです。降参してください」
扉を背に振り返る。
ドリアーデを中心に包囲網が完成している。このままでは逃げられそうにない。
「……もしかして転移の魔法なら」
俺は思いついて、習ったばかりの転移魔法を使い、岩の内側と外側をつなぐ扉を作った。
一か八か時空の扉に飛び込む。
暗転。
次の瞬間、俺は一面の銀世界に投げ出されていた。
「うわああああっ」
「……ゼフィ!」
落下する俺の身体を、ふさふさの白銀の毛並みが受け止める。
片目の上に傷跡のある、がっしりとした体格のフェンリル。
「ウォルト兄!?」
「無事だったか。良かった!」
俺は兄たんの首もとに抱き着いた。
懐かしい森と雪風の匂いに包まれて、ほっと安心する。
「会いたかったよ、兄たん!」
「俺もだ、ゼフィ」
「どうしよう、兄たん。クロス兄と、ティオが……」
俺は、久しぶりにウォルト兄に会ったからか、心細い気持ちを
体に感情が引きずられてしまって仕方ないな。
体は子供でも頭脳は大人なのに。
「大丈夫だ。クロスは殺したって死なない。いつまでも寝ているようなら、俺が叩き起こしてやる」
ウォルト兄はこんな事態でも落ち着いている。さすがだ。
その時、耳元で突然、声がした。
「……転移の魔法を使えば、楽に助け出せるぞ」
「うわっ」
首筋がこそばゆくて、俺は飛び上がった。
いつの間にか服の下に、小型化したヨルムンガンドが忍び込んでいた。小さな青い竜は、俺の服の襟元から顔だけ出して目を細めている。
そうか、転移の魔法。
あいつらが気付かない場所に転移して忍び込めばいいんだ!
地味な魔法だけど今回は役に立ちそうだな。
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