30 腹が減っては戦はできぬと言います

 無表情で淡々と話すドリアーデからは、深刻さの度合いが伝わってこない。俺はもっと詳しい話を聞くことにした。

 子狼の姿だと不便なので、人間の少年の姿に変身する。


「太陽の精霊って、何?」

「説明しますので、まずはこちらにおいでください」


 ドリアーデは地下通路を案内してくれる。

 地面や壁は削って整えられていて、階段や手すりもあり歩きやすい。

 案内された先は、何故かお腹が空きそうな良い匂いが漂っていた。


「ここって……」

「台所です」


 壁沿いに棚や流し台が並んでいて、今まさに調理中なのか、エプロンを着た獣人が大鍋をお玉でかき回している。


「この地下魔王城ダンジョンのどこかに、太陽の精霊が封じられているという伝説があったのですが、長い間、肝心の場所が分かりませんでした」

「ほほう……俺が聞いてるのは、太陽の精霊が何かって事なんだけど」

「ところでこの台所には、いつからか分かりませんが決して開かない封がされたなべがありました」

「俺の質問聞いてた?」


 マイペースに話を続けるドリアーデ。

 俺は途中で突っ込みを入れたが、彼女が聞いている気配はない。


「半年前のある日、料理人見習いのトムは、台所の片隅に置かれた開かずの鍋に興味を持ちました。鍋たるもの、煮るのに使わぬなら鍋にあらずという信念の元、トムは鍋の蓋を開けようとしたのです」

「……」


 何だろう。鍋の話の続きが微妙に気になる。


「……開いたの?」

「トムは最初、自分の腕力だけで開けようとしましたが、鍋の蓋は動かず。ついに工具を取り出して、こじ開けようとしましたが、鍋に穴を開けるどころか傷を付ける事も叶わなかったそうです」

「結局、開かなかったってこと?」

「いえ。トムが諦めて台所の隅に鍋を戻そうとした時に、床に鍋を落としてしまって蓋が開いたそうです」

「何そのオチ……」

「開いた鍋から、光が飛び出しました。なんとその鍋は、太陽の精霊を封じた鍋だったのです」


 ドリアーデの顔は大真面目だった。

 俺も真面目に言う。


「帰っていい?」


 その時、誰かのお腹が鳴った。

 振り返るとクロス兄が、台所の壁に吊り下げられたソーセージの束をじーっと凝視していた。


「クロス兄……」

「うまそうだな」

「食堂でご飯を食べていかれますか?」


 ドリアーデの申し出を断る理由は無かった。




 食堂には、木製のテーブルと椅子が並んでおり、たくさんの獣人が食事を楽しんでいた。俺たちが入ると一瞬静まりかえったが、すぐに視線をそらして世間話を始める。

 大皿に盛ってある料理を自分の皿に取り分ける、ビュッフェ形式のようだ。

 俺とティオは皿を持って列に並び、料理を取ってきた。

 兄たんのためにソーセージ多めにしてある。


「おお! 皮はパリっとして中から肉汁が……」


 クロス兄は太いソーセージを丸かじりにしている。

 焼いてから時間が経って冷めてはいるが、焦げ跡と切れ目から油がにじんで良い匂いがしていた。

 俺もかじってみたが、皮を噛む時の歯ごたえがたまらない。肉には濃厚な旨味があり、香草の風味が効いていて後味は爽やかだった。


「ティオは何を選んだんだ?」

「僕はサーモンのクリームシチューだよ」


 ティオはふーふー冷ましながら、赤身魚とキノコをクリームで煮込んだシチューを口に運んでいる。

 俺も魚が食べたかったが、シチューは熱いので代わりに氷魚ひうおの酢漬けを取ってきていた。酸味が程よくてパクパク食べられる。


 食後に金色のクラウドベリーが飾られたパイを食べて、生姜しょうがの風味のお茶を飲んでいると、ドリアーデがぼそっと言った。


「精霊とは、形を持たない自然の力のかたまりです。意思を持つ生き物ではあるようですが、言葉を話さず手で触れることもできない透明な存在で、意思疎通は困難です。太陽の精霊は、光のかたまりだと考えていただければ」

「最初からそう言ってよ……」


 質問の答えが返ってくるのに相当時間がかかったのは何故。

 俺は脱力して椅子の背にもたれた。

 ドリアーデは言い訳のように補足する。


「他のフェンリルさまは、逃げ出した太陽の精霊を探されているので、てっきりあなたがたもそうなのかと思い、説明は不要だと思っていたのです」

「もしかしてウォルト兄が帰ってこないのって……」


 太陽の精霊を探してるのかな。


「私の管理不手際でこのような事になり、フェンリルさまにはご迷惑をお掛けしています」


 全然、反省しているか分からない平坦な口調で、ドリアーデは謝罪する。

 俺は困惑しながら、何の気なしに次の質問をした。


「管理不手際……ドリアーデは魔王だったな。いつから魔王やってんの?」

「そうですね、二十年ほど前でしょうか。魔王になる前は、人間の国で将軍を勤めていました。英雄、無敗の六将と呼ばれたこともありましたね」

「げほっ」


 彼女の返答に、お茶を吹き出しそうになった。


「どうかしましたか?」

「な、何でもないよ!」


 うわー、人間の頃の知り合いかもしれん。

 顔に見覚えがあるような。

 ドリアーデは、過去に戦功をあげて「無敗の六将」と呼ばれた俺の仲間の一人だった。

 

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