極夜の支配者
29 兄たんを探しに行きます(改題)
翌朝になっても、ティオは猫の姿のままだった。
「僕、一生このままなのかな……」
「すぐに戻るって」
俺はティオをなぐさめたものの、正直、何日で戻るかなんて予測が付かない。
隣で
「ウォルト兄は、まだ帰ってきていないのか」
そう、母上に聞く。
「ウォルトなら
「
返ってきたのは聞いたことのない地名だった。
「太陽の昇らぬ夜の国、とも言われます。人間たちが魔族、と呼ぶ者たちの祖国もあります」
母上はそう俺たちに解説した。
魔族とは、獣人で魔法に
クロス兄は武者震いする。
「ウォルト兄はそんなところへ行ったのか」
「
父親かあ。当たり前だけど、フェンリル父上もいるんだな。姿を見たことがないのはどういうことだろう。
それにウォルト兄がまだ帰ってきてないのも気にかかる。
「ウォルト兄に会いに行こう!」
俺の提案に誰も反対しなかった。
クロス兄と俺、それに「置いていかないで!」と泣く猫のティオは、
ちょっとした日帰りの遠足のつもりだったのだ。
しかし
「めっちゃ太陽昇ってるじゃん」
「おかしいな……」
山脈の北側は、なだらかな雪原が広がっている。
雪原は途中から氷の海とつながり、氷山が並ぶ白氷の大地が永遠に続いていた。
ここは太陽の昇らぬ国、とのことだが、お
むしろ日射しが暑い。
雪の上なのに暑い。
「
クロス兄は沈まない太陽と、蒼い空を見上げて不思議そうにする。
桃色の空ってどんなの?
いやそれよりも今は……
「暑くて溶けちゃう……」
「ゼフィ、大丈夫か?!」
俺は強い
間一髪で人間の少年の手が俺を掬い上げた。
たった今、魔法の効果が切れて、ティオは元の姿に戻ったようだ。
「くっ、人間、ゼフィをしっかり抱いていろ。日陰を探すぞ!」
「はい!」
ティオは、ぐったりした俺を腕に抱き抱えて、クロス兄の背中にまたがった。
クロス兄は雪原の外れを目指して走る。
砂より細かい雪の上に他の動物の足跡はなく、フェンリルの駆け抜けた後をすぐに雪風が平らに
雪原には樹氷がいくつか立っていたが、日の光をしのげるほど密集していなかった。
やがて雪原の段差で崖になっている場所を見つけ、クロス兄は足を止める。
「ゼフィ、生きているか?」
「さかなたべたい……」
「よし! 大丈夫そうだな!」
大丈夫じゃないやい。意識もうろうとしながら、昨夜の母上の話を思い出して呟いた俺に、クロス兄は「もうちょっと我慢するんだ。後で
クロス兄は洞窟か穴がないか確認しながら、崖の下を歩き始めた。
突然、その行く手をふさぐように人影が現れる。
「……何を探しておられるのですか、フェンリルさま」
それは緑の髪と瞳をした少女だった。
白い肌には植物のような紋様があり、どうも普通の人間とは思えない雰囲気を
少女の手にした杖の先には青い水晶の花が咲いていて、ぼんやり光っている。
「私は、夜の国の魔王ドリアーデ。よろしければ、我らの国で休んでいってください」
ドリアーデが岩壁に杖をかざすと、壁に光の線が入った。
見る間に壁に大きな扉が出来て左右に開かれる。
「ちょうど休めるところを探していたところだ、助かった」
クロス兄は扉の内側に入る。
内部はフェンリルの巨体でもつかえないほどの、高さと奥行きのある洞窟が広がっていた。壁のところどころに生えた水晶が光り、照明がわりになっている。
ティオはクロス兄の背中から降りると、俺を床に置いた。
「ふああー。いきかえるー」
俺は子狼の姿のまま、冷たい床に転がって体を冷やした。
「まったく、なぜいつも暗い
クロス兄は俺を心配そうに見ている。
「ご存知ないのですか?」
ドリアーデが不思議そうに言った。
「つい最近、太古からこの地に封じられていた太陽の精霊がよみがえったのです。
なんだってー?!
淡々と言ってるけど、それって大変なことなんじゃ。
「氷が溶けて水が増えると、洗濯が楽になるって、ダリアおばさんが言ってたよ! 良かったねゼフィ!」
ティオは俺に向かって笑いかける。
ダリアおばさんは真白山脈の
「水が増えると魚が増える。魚捕り放題という訳か! 良かったなゼフィ!」
クロス兄も嬉しそうだ。
「……でもあついのヤダよ」
「……」
何事にも限度というものがある。
魚食べ放題なのは嬉しいけど、太陽沈まなくて熱いのはなあ。
溶けて死んじゃうだろ。
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