25 本物は強いのです(12/12 改稿)

 真っ黒い衣服に着替えたリネは、予定通り夜の宮殿に忍び込んだ。

 仲間は昼間に会った男ともう二人。

 彼らはハンドサインで合図しながら、音を出さないように壁をよじ登って、開いた窓から宮殿内部へ潜入する。


 くんくん……チョコレートの匂いがするぞ。

 俺はリネの鞄から飛び降りて、チョコレートを探した。


「こらワンちゃん、どこへ行くんだ」


 リネが俺の後を追ってくる。

 ちょうど倉庫のような場所で、俺は目的のブツを見つけた。

 チョコレートの入った箱の上に飛び乗る。


「この印は、金の林檎……有名な高級菓子店のマークじゃないか。じゃあこれが噂の、好きな人に贈ると結ばれるというチョコレート?」

「リネ」


 途中で寄り道したリネに気付いて、仲間が戻ってくる。

 リネは慌てて、俺とチョコレートの箱を拾いあげ、鞄にぎゅうぎゅう押し込んだ。やめて、圧縮されて四角くなっちゃう!


「ごめんな、ワンちゃん」


 小さく悲鳴を上げた俺に気付いて、リネは謝りながら鞄を押さえ、暗い通路を全速力で駆け抜ける。


 政治が行われる宮殿の表側、外廷を通り過ぎ、目指すは王族の住む内廷。王様が倒れた当初、臣下は離宮でゆっくり休養してはどうかと進言したらしい。しかし王様は、風邪だからすぐに回復して仕事をすると言い張って宮殿を離れなかったそうだ。


 正面から王様を訪ねる訳にはいかないので、遠回りになるが宮殿の内部にある庭園を通って行く。


 王都は雪が降っておらず気温が高い。そのせいか庭園には、植物が豊かに生い茂っている。足元には、花崗岩かこうがんを切り出した小石が敷き詰められていた。

 庭師の手で整えられた緑のアーチには、白い薔薇が夜闇に浮かび上がるように咲き誇っている。

 

「……侵入者か」


 しかしその庭園の出口付近では、無粋な番人が待ち構えていた。

 野卑やひな毛皮をかぶり、巨大な包丁のような剣を持った、片眼が赤い大男。


「くっ、ここまで来て」


 リネたちは見付かってしまい、立ち往生している。


「飛んで火に入る虫って奴か? 俺は、ちまたでは赤眼の飢狼と呼ばれている。聞いたことくらいあるだろう」

「あの英雄の……嘘だろう?!」


 あ、思い出した。

 こいつ、昼間にスプーンで倒した、例の俺の偽物さんだ。

 確かドロテアは男のことをリースと呼んでいた。


「お前らも俺の剣のさびになれ」


 リースは包丁のような大剣を肩にかつぐ。

 その剣が根元から火に付いたように光り輝き、真っ赤に染まった。


「魔剣を持っているなんて……本当に赤眼の飢狼なのかっ?!」


 魔剣というのは魔法が付与された剣のことだ。魔法を込めたアイテムを作ることのできる職人は希少で、魔剣を持っているとそれだけでステータスになる。

 しかし俺の愛剣は魔剣ではない。

 そんなものを使わなくても勝てるもんね。


 だが、会った事もない英雄の剣の選定方針について、リネたちが知っているはずもない。仰々しい魔剣を持っている、イコール英雄だと勘違いしている。


「くそっ」

「隊長!」


 リネの仲間は、馬鹿正直に真正面からリースに突進していった。

 ニヤリと笑ったリースが、赤く燃え立つ魔剣を大きい動作で振り回す。

 ごうと音を立てて炎風が庭園に吹き荒れ、白い薔薇の花弁が無惨に散った。


 仲間の二人は、敵の魔剣に吹っ飛ばされる。

 隊長と呼ばれた男は一人踏みとどまり、長剣でリースの魔剣と切り結んでいる。


「リネ、逃げろ!」

「隊長!」

「うおっ」


 隊長の身体が横に転がり、その手から剣が離れる。

 刃こぼれした長剣はリネの前に落ちてきた。

 リースは魔剣を手にゆっくり見せつけるように、リネに向かって歩いてくる。


「……っ、赤眼の飢狼は、弱い者のために闘う正義の味方ではないのか?!」


 リネの言葉に、リースは嘲笑した。


「正義ぃ? そんなものこの世にある訳ないだろう」


 悪役らしい言い草だが、俺はその通りだと思った。

 正攻法で勝てない戦いもある。優先順位を付けて何かを切り捨てる決断も必要だ。綺麗な理想だけを抱いて生きていく事は難しい。

 昔の俺は信じたものに裏切られ、絶望して国を出た。

 しかし今、故郷の人々は考えを変えて、俺の名前を国名にしているという。

 だから、もういいじゃないか。

 せっかく生まれ変わったんだ。

 もう一度、綺麗なことを信じてみても良いかもしれない。


「死ね!」


 振り下ろされる魔剣。

 リネは観念したのか目を閉じる。

 俺は鞄からそっと這い出ると、瞬時に人間の少年の姿に変身した。目の前に転がっていた隊長の剣をつかむ。


「何?!」


 リースの魔剣と、リネを守るようにかざした俺の剣が激突した。


「お前は……この前の小僧!」


 リースは目を見開く。


「今度は手加減しないぜ」


 俺の宣言と共に、剣に冷気がまとわりつく。

 冷気はリースの魔剣の炎と拮抗した。

 そういえば……俺の属性は「無」と「時」だけじゃなかったっけ。

 今、氷の魔法を使えているのはどういうことだろう。

 いや、いい。使える理由を考える前にやることがある。


「本当に強い奴は、道具の力や他人の名声を借りなくても、強いんだよ!」


 一度、魔剣を受け流し攻撃をそらしてから、返す剣で反撃する。

 俺の持つ剣は冷気をまとって白く輝きながら、敵の胸を浅く切り裂いた。

 血の代わりに白銀の雪片が舞う。


「偽物の分際で分かったような事を言うな!」


 リースは俺の気迫にひるんだ。

 その隙に敵のふところに飛び込んで、魔剣を持つ手を蹴り飛ばす。石畳に突き刺さった魔剣に、俺は手を伸ばした。


「こんなもの……」


 俺の手に触れた途端、赤々と燃えていた剣は黒くなり、最後に白くなって、炭が燃え尽きたように砕け散った。


「ひっ!」


 獲物を失ったリースは慌てふためき、信じられないものを見るように俺を凝視すると、身をひるがえして庭園を逃げ出した。

 追撃は面倒なので、俺は黙ってその後ろ姿を見送る。


「ワンちゃん……なの?」


 振り返ると、リネが目を丸くしてこちらを見ていた。

 尻餅をついたままの彼女の隣に、凹んだ鞄が落ちている。

 しまった、中に入ったチョコレートの箱は無事かな。つぶれてないといいけど。

 

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