24 リベンジを企んでいます
うっかり魔力切れで、敵の真ん前で毛玉に戻ってしまった。
魔法が使えない俺は非力な子犬同然だ。
たとえドロテアが運動ができない太ったおばさんだったとしても、捕まれば最後、逃げ出すことは難しくなる。
「ま、まあ。可愛らしい子犬だこと……いけない、人間に化ける魔物のたぐいに決まっているのに。でも、なんて可愛いんでしょう!」
ドロテアは頬に手をあてて、うっとりしている。
スーパーキューティな俺に夢中になるのは当然だけど、おばさんに惚れられても嬉しくないんだよ!
俺はじりじり後ずさりすると、滑りやすい大理石の床をダッシュする。
「誰か、その子犬を捕まえなさい!」
ドロテアの大号令に宮殿は騒がしくなった。
今までいた部屋は窓が無かったので、通路に飛び出す。メイドの姉ちゃんのスカートの下をくぐりながら、廊下を爆走した。
突き当りにあった食堂に飛び込み、真っ白いテーブルクロスの下にもぐる。
隠れる直前、たまたま食堂にいた若い兵士と目があった気がした。
「おい、そこの! 白い子犬を見なかったか? 宰相閣下がお探しだ!」
テーブルクロスの下で静かにしていると、追ってきた兵士の声がした。
「……いいえ、見ていません」
「そうか」
足音が遠くへ去っていく。
少ししてから、さっきの若い兵士が、テーブルの前にしゃがみこむ気配がした。
「皆、いなくなったよ。出ておいで、ワンちゃん」
うーん。罠、じゃないみたいだな。
良い人そうな雰囲気の声だ。
俺は思い切って、白いテーブルクロスをくぐって表に出た。
「わあ……綺麗なワンちゃんだ」
若い兵士が息をのむ。気のせいか声が高い。
よく見ると胸がふくらんでいて、腰が細かった。女の子か。色気のない恰好をしてるから、男と見間違うところだったぜ。
彼女は短い栗色の髪をした、気の強そうな女性だった。支給品と思われる制服を着て、汚れや傷が目立つ皮の胸当てをしている。質素な身なりをしているので下級兵士のようだ。
雑用中なのか、手にバスケットを持っていた。
「君、どこの子だい? おうちまで送っていってあげるよ」
そう言って、彼女は空のバスケットを示す。
バスケットの中に入って移動する、ってことだな。
まあ、ここまで来たら信じるしかないか。
俺は軽く跳躍してバスケットの中に入った。
隠すためか、上から布巾がふわっとかかる。
「賢いワンちゃんだな。私の言葉が分かってるみたいだ」
彼女は俺の入ったバスケットを抱え、食堂を出て歩き始めた。
どうやら宮殿の外に出たようだ。
空気が冷たくなって風の音が聞こえる。
「……おう、リネ。戻ってきたか」
「はい、隊長。食堂に食器を返してきました」
リネ、というのが彼女の名前みたいだ。
布巾から頭だけだして、周囲の様子をうかがう。
そこは兵士の訓練場らしき場所で、多数の武器や防具を持った人間がたむろしていた。
俺が入っているバスケットは、彼らの食事の運搬用だったらしい。
もぞもぞしていると、リネと話している壮年の男と目があう。
「おおうっ?! なんだ、その超モフりたくなっちまうワンころは!」
「宮殿の中で拾ってきました。宰相閣下が探していたようですが」
「気にすんな! どうせあのババアはろくなことをしないんだ。きっと、その子犬の飼い主は感謝してるぜ!」
ナイスな判断だ、おっさん。
飼い主はいないけど俺はリネに感謝してるぞ!
「そういえば話は変わるが、ロキが王都に戻ってきてるらしい」
「!」
「あいつ、特殊な任務が多いから、次はいつ会えるか分からんぞ。会いに行ってやったらどうだ?」
リネは頬を赤く染めて、そっぽを向いた。
「誰が! あんなフラフラお調子者、知ったこっちゃないです」
ほほう、そういう関係か。若いっていいなあ。
それにしてもロキの奴、こんな可愛い女の子を王都に待たせてるなんて……爆発しろ。
バスケットの中で話を聞いていると、隊長と呼ばれた男がリネに近付いて耳打ちする。
「……今夜、決行だ。陛下をあのクソババアのもとから救い出す」
「はい」
リネと男は周囲に聞こえないよう、声をひそめてやり取りしていた。
クソババアって、ドロテア宰相のことか。
もしかして病気だっていう王様を助けに行くつもりなのかな。
俺はリネの住む兵士用の宿舎に運ばれ、夕食に焼き肉をご馳走してもらった。ご飯を食べて一休みすると魔力が戻ってくる。
さて、これからどうしよう。
目的のブツを手に入れないまま、ティオやロキのところに戻ったら笑われてしまう。兄たんもがっかりするだろう。
ちなみに昼間に聞いた話だと、リネたちは宰相が王様に毒を盛っているのでは、と考えている。直接、王様の病状を確認しに行き、場合によっては離宮から連れ出す計画を立てているらしい。
ここはひとつ、チョコレートの件のリベンジのため、リネに同行して宮殿に忍び込もうか。
そうときまれば、リネの鞄の底に隠れて一緒に行く作戦。
「勝手に鞄に入るなんて」
速攻で見つかった。
首根っこをつまんで持ち上げられ、俺は浅慮を反省した。
鞄がふくらんでたら、そりゃ気付くよな。もっと平べったくなるべきだった。
「ワンちゃんは、私と来たいのか?」
リネの瞳はチョコレートのような茶色だった。
目線をあわせて問いかけられ、俺は答えに悩む。
彼女は物わかりの良い人間だが、それにしたって目の前でいきなり子犬が人間に変身したり、人間の言葉をしゃべりだしたら警戒するだろう。
賢い子犬を演じておくべきだ。
俺がコクコクと頷くと、彼女は目を丸くする。
「不思議だな。君はもしかすると、幸運の使者なのかもしれない」
リネは少し考え、鞄に俺が入るスペースを作った。
「一緒に行こう。どうか私たちを助けてくれ」
彼女の腰の鞄に入って顔だけ外に出しながら、俺は夜風の匂いをかいだ。チョコレートを探しに行く予定なのだが、リネが頼むなら手伝ってやらないこともない。焼き肉もおごってもらったしな!
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