22 悪役が登場しました

 ガートルードから旅をすること、数日。

 ついに俺たちはローリエ王国の王都にやってきた。

 都に入る前に、ティオはこんな噂を教えてくれた。

 

「王都には、ちょこれーと、っていう甘いお菓子が売ってるらしいよ。僕、母さまから聞いた!」

「チョコレート?! マジで!」

 

 前世で一度だけ口にしたことがある、黒くて甘い、口の中でとろけるような菓子を思い出し、俺の頬はゆるむ。

 

「……さて。人間どもに俺の威光を知らしめるために遠吠えを」

「待って兄たん」

 

 俺は真剣な顔でクロス兄を止めた。

 

「チョコレートを食べてからにしよう」

「しかしゼフィ」

「お土産に、兄たんにも買ってきてあげるから!」

 

 後ろでロキが「本当に王都に何しにきたんだい、君たち」と嘆いているが、積極的には止めてこない。フェンリルが暴れるよりも、子供が菓子を求める方が平和だと妥協したのだろう。

 

 兄たんには街の外で待ってもらうことにして、俺たちは街の中に入った。王都だけあって賑やかで大きな建物が多いが、気のせいか物乞いの姿が目につく。


 チョコレートを売っているという高級食品店は、王都の北にある。

 ちょっと菓子を買ったら兄たんのところへ戻ろうと思っていた俺だが、予想に反して門前払いをくらった。


「ここは平民のガキが来るところじゃない! 帰れ!」


 お店の前で見張っているおっさんが、すごい顔でにらんでくる。


「なんでー?!」

「言わんこっちゃない。チョコレートは貴族の嗜好品なんだ」


 ロキが額に手を当てている。


「……下がれー、下がれー! 宰相閣下がいらっしゃったぞ」


 にわかに通りが騒がしくなる。

 昔いた国でも見たことのない豪華絢爛な馬車が、音を立てて俺たちの前に乗り込んできた。深紅に金ぴかの装飾が入った客室を、白馬が引いている。

 シルクハットを被った御者がうやうやしく扉を開けると、真っ赤なドレスを着たケバいおばさんが現れた。


「宰、相……? あのおばさんが?」

「しっ、静かに。ああ、あの御方おかたが現宰相ドロテア閣下だ」


 指をさしかけた俺を押し留め、ロキが声をひそめて説明する。

 やばい。色々な意味で大丈夫か、この国は。

 恐れおののいている俺の前に絨毯が敷かれ、ドロテアが歩き始める。


「何? この子供たちは」

「宰相閣下。どうやらチョコレートの噂を聞き付けて、様子を見にきた子供のようです」


 観客の俺たちに気付いたドロテアは、怪訝な顔をした。

 店の前に立っている強面こわもてのおっさんが答える。


「まあなんて身の程知らずな。この国のチョコレートはすべて、私のものと言っても過言ではないのに」

「仰る通りです、宰相閣下」

「ああでも、子供は国の宝と言うわね。銀髪碧眼の美少年、その子には財宝と同じ価値がありそうだわ」


 ドロテアは嫌な笑顔で俺を見た。


「坊や、私といらっしゃい。美味しいチョコレートをたくさんあげるわよ……?」


 ハッ……銀髪碧眼の美少年、って俺のことか。

 あんまりにも気持ち悪くて現実逃避していたぜ。

 

「ゼフィ……」


 心配そうなティオの声。

 俺は、安心させるためにティオの手を一度ぎゅっと強く手を握ってから、離した。


「わーい、俺にチョコレートくれるの? 行く!」


 ことさら無邪気に見えるように振る舞う。

 後ろでロキが噴き出している。

 ティオが仰天した顔になった。


「素直な良い子ね。店の者、チョコレートをありったけ持っておいで! 今日は宮殿へ持って帰って食べるわ」

「はい、ただいま!」


 ドロテアは指示を出すと馬車の中へ逆戻りして、俺を手招きする。

 俺は誘われるまま馬車に乗り込んだ。


「ゼフィ!」


 ティオの呼び声は無視する。

 馬車の中は香水くさくて最悪だった。


「坊や、たっぷり可愛がってあげる。フフフ……」


 含み笑いをするドロテアから顔を背け、はやくチョコレート来ないかなあと思う。

 おばさん、俺にこんな我慢をさせたんだ。

 あんたは有罪確定ギルティだよ。



◇◇◇



 フェンリルの少年が立ち去って、呆然としている金髪の少年。

 ロキはためらいがちに彼に声を掛けた。


「ティオくん……」

「……なきゃ」


 ティオはすっくと立ち上がると、拳をにぎりしめる。


「僕がゼフィを助けに行くんだ!」

「ええ?!」


 ロキはどうしてそうなるのかと驚愕する。

 ゼフィはチョコレート欲しさに、自分から付いて行ったように見えたが。


「ゼフィはきっと、僕たちのためにわざと捕まったんだよ!」

「あのフェンリルくんが、そんな玉かねえ」

「ロキさん、フィリップ・クレールって人を知ってる? 僕はフィリップさんを訪ねて王都に来たんだ」

「フィリップ・クレール? 退役した宮廷魔導士に何の用……」


 知る人ぞ知る、宮廷の要人の名前を出されて、ロキは眉をしかめた。

 ティオはごそごそと鞄から鞘に入った剣を取り出す。


「この剣をフィリップさんに見せるように、母さまが」

「そ、それはっ……英雄、無敗の六将の一人、赤眼の飢狼が使っていたという名剣、"天牙"か?!」


 陛下が遠国から友好のあかしとして賜った英雄の剣。

 式典の際に遠目に見たことのある剣を前にして、ロキは絶句した。


「母さまは、これは父さまのものだって」


 ロキは少年の顔をまじまじと見た。

 よく見ると、病に臥せってから拝謁はいえつが叶わない主君の面影がそこにあった。


「……ティオ、君の思う通りに」


 膝を付いて、剣を持つ少年の手を支える。

 運が向いてきたぞ! 沸き上がる歓喜を必死に静めながら、ロキは宰相を出し抜く方策について考えを巡らせた。


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