16 奇跡を起こしました

 話の途中で変な反応をした俺に注目が集まる。


「何でもない。続けて続けて!」


 会話の邪魔をしてしまったことを謝罪しながら、口元を押さえて手を振った。ティオの母親は、俺の様子に不思議そうな顔をしたが、話を続ける。


「……ルクス共和国の方と、私の夫、つまりティオの父親が知り合いだったので、その剣を譲っていただいたそうです。と言っても、英雄の剣ですから、普通は簡単に譲られることはありません。ティオ、あなたの父親がローリエ王国の高貴な身分の方だからです」

「!」


 どうして剣の話が始まったのか疑問に思っていたが、本題はティオの父親の話だったらしい。


「お父……さん?」


 ティオは不安そうな表情で呟いた。


「ティオ、私が死んだら、ローリエ王国の王都に住む、フィリップ・クレールさまを訪ねなさい……」

「母さま!」

「強く生きるのよ、ティオ……」


 意味深なことを言って、ティオの母親は目を閉じた。

 俺は思わずぎょっとする。

 ティオは動揺して母親の腕にすがった。


「そんな、母さま! 死なないで!」


 え、マジで、死んじゃったの?


「……寝てるだけだよ」


 後ろから声がした。

 振り返ると、いつの間にか神獣ハンターのロイドが、部屋をのぞきこんでいる。他人の家に勝手に入るなと言いたいが、平和な農村は扉に鍵など付いていないし、ご近所の家は入り放題だ。

 ロイドはつかつかとベッドに近寄り、病人の脈をはかった。


「大丈夫だ、生きてる。これでも医者の勉強したことがあるから、分かるよ」

「本当?!」

「ゆっくり寝かせてあげような」


 ロイドと一緒に、俺とティオはダイニングに移動した。

 

「話は聞かせてもらった」

「盗み聞きすんなよ……」

「ティオ、もしお前が王都に行くなら、俺が護衛になってやるぜ」


 ロイドは腕組みしてティオに提案する。

 どういう風の吹き回しだ。


「ティオの父親は身分が高いんだろう。後追いでがっつり報酬をもらえれば……」


 ああ、そういう算段ね。

 ニヤニヤ笑うロイドを無視して、ティオは俺を見た。


「ゼフィ……母さまの病気、治らない?」 

「うーん」


 そうきたか。

 俺は腕組みして考え込む。

 後ろでロイドが「俺の提案はスルーかよ?!」と騒いでいるが、聞かなかったことにする。

 病気を治す、か。

 あいにく回復や治癒の魔法は使えない。

 けれど、何もできないかと言われると、実はそうでもない。


「……治らなくも、ないよ」

「ほんと?!」


 ティオの顔がパッと輝いた。



 

 俺は、ティオの母親の治療ができるかもしれないことを、一旦サムズ爺さんに話した。子狼の姿では意志疎通が難しいので、人間の姿だ。


「……ただし、試したことのない魔法だから、命の保証はできない」

「!」


 爺さんが乗り気じゃなかったら、ティオには悪いが治療は止めようと思っている。後で恨まれたら気分が悪いからな。


「よろしくお願いします」


 しかし爺さんは躊躇いなく俺に頭を下げた。

 そのあまりの潔さに、逆に俺が引いた。


「い、いいのか? もう娘さんと会えなくなるかもしれないんだぞ」

「わしらは死んだら、フェンリルさまの棲む白銀の峰の風になるのです。他ならぬフェンリルさまが、そこに招いてくださるのは光栄なことです」


 この村ではフェンリルが神と崇拝されていることは知っていたが、ここまであつく信仰されているとは。

 そういうことなら、遠慮は要らないな。


 兄たんたちにも許可を取って準備を整えた後、俺はベッドで眠っているティオの母親にそっと触れた。


「時よ戻れ」


 頭の中で時計をイメージして、針を通常の逆、左回しに回転させる。

 時の魔法の力で、俺はティオの母親を病気にかかる前の、元気な状態に戻すことにした。

 しなびた花に水を与えたように、青白い肌に生気が灯る。老化のしわが消えて、身体の大きさが一回り小さくなった。枯れ草のようだった金髪に艶が戻り、豊かに波打つ。


「あれ……?」


 やば、戻し過ぎた。

 予定では病気になる数年前に巻き戻すつもりが、十年くらい一気に若返ってしまっている。

 俺は冷や汗を流した。

 目の前に寝ているのは、病に侵された中年の女性ではなく、若々しい綺麗なお姉さんである。


「う……うん」


 ティオの母親は目を開けた。

 寝ぼけているようだ。


「あれ……まるで私、若い頃に戻ったような。身体が苦しいこともなくて、こんな気持ちのいい朝、久しぶり……」

「お母さん!」

「ティオ?」


 脇から飛び出てきたティオが、母親に飛び付く。

 抱き合う母子は……どうみても歳の少し離れた姉弟だった。

 

「何ということだ……反抗期になって村を出ていった娘のアンナが、帰ってきたようだ!」


 爺さんが涙を流しながら喜んでいる。

 え、これでいいの?

 

「奇跡だ……ありがとうございます、フェンリルさま!」

「ありがとう、ゼフィ!」

「お、おう」


 俺はひきつった顔で頷いた。

 予定とは違うのだが……本人たちが喜んでいるみたいだから、まあいいか。


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