15 教師役も楽じゃないです
あれから兄たんたちは、率先して俺を人間の村へ連れて行ってくれるようになった。
クロス兄いわく。
「ゼフィは放っておくと、どこへ行くか分かったもんじゃない! 人間の村でも何でも連れて行ってやるから、俺たちに言え!」
二度もティオに拾われた経緯から、兄たんたちは、俺が人間の村に行きたいのだと勘違いしてしまった。あれは偶然だったのになあ(遠い目)。
移動手段があるなら変身する必要はない。
俺は、ウォルト兄の頭の上に乗っかって移動することにした。
遠い東の国では、白くて丸い食べ物を二段重ねにして福を呼ぶ風習があるそうだが、俺と兄たんの二段重ねも平和で良いと思う。
村人の方も、何度か通ううちに、我が物顔で訪問するフェンリル三兄弟にすっかり慣れてしまった。
「フェンリルさま、今日も何て可愛らしい……」
洗濯物のおばさんが俺たちを見て和んでいる。
いいのかな、こんなんで。
「うー、寒い寒い寒い。春は来ないのかよ」
「師匠、
「マジで?!」
先日戦ったハンターの男と少女は、いつの間にか村の隅の空き家に居着いてしまった。村人も追い出さないものだから、そのままだ。
寒がりの男はロイド。
タヌキの獣人の少女は、ミカという名前らしい。
しっかりして真面目なミカの人柄は、概ね村人に好意的に受け入れられている。師匠のロイドは、第三者から見るとヒモ状態だ。
「あのハンターどもを放っておいて大丈夫か?」
「んー、いいんじゃないー」
俺はクロス兄にまったりした返事をした。
また襲ってきても返り討ちにすればいい。
「それよりも、はたけで、じっけんする」
サムズ爺さんの家で人間に変身して服を着た後、村の片隅にある畑に向かった。そこでは村人が何種類かの作物を育てている。
畑で俺は、植物の育成を時の魔法で早める実験をしていた。
けっしてジャガイモの量産をするためじゃないぞ。
魔法の練習なのだよ、うん。
「……ゼフィ」
寝そべった兄たんの背中に腰かけて、畑に魔法をかけていると、ティオが思い詰めた顔で話しかけてきた。
ティオは爺さんの孫で、パッと見、金髪の可愛い女の子だ。
「お願いがあるの。私に剣術を教えて!」
俺は、唐突なお願いに驚いた。
「なんでいきなり」
「私もモンスターと戦えるようになりたい!」
なるほど、話はよく分かった。
キラキラと希望に満ちた目で俺を見つめるティオ。
尊敬と憧れに満ちた視線は悪くない。だが……。
「……条件がある」
「何?」
「その女言葉を止めろ!」
ティオは女の子に見えるが、れっきとした男なのである。
この間、偶然、こいつの着替えの時に下に付いてるものを目撃して、俺はショックで記憶の上書きをしたくなった。
「ついでに俺の純情を返せ!」
「?」
「……お前、男だろ。一人称は、私じゃなくて僕にするんだ。語尾もなよなよした感じじゃなくて、パシッと」
これ以上、犠牲者を出してなるものか。
具体的に指示する俺に、ティオは困った顔だ。
「母さまが、女の子らしくするようにって……」
「いつまでだよ。お前そのうち、背も伸びて声も太くなるし、髭も生えてくるぞ。サムズ爺さんみたいに」
「う……」
爺さんと血の繋がりがあるのなら、予想できる成長だ。
がっしりした体格で、あごに髭をたくわえている爺さんをイメージしたのか、ティオは青ざめた。
「……分かった。男らしくする」
こうして俺は、ティオに剣術を教えるのと並行して、言葉遣いの矯正を進めることにした。
剣術と言っても、木の枝で素振りさせるところからだ。
「えー、剣を振りたい」
「黙れガキ。俺の華麗な枝さばきを見てから言え」
拾った木の枝をヒュンと振って、葉っぱを綺麗に切断してみせると、ティオは一気にやる気になった。
枝で葉っぱを切断できるようになるまで少なくとも十年かかるだろうが、それは言わない約束だ。
子供に真剣を振らせるなんて危ないこと、できる訳がない。
数週間経つと、俺の畑に魔法をかける実験は成果が出てきて、ユキサヤエンドウは鈴なりだし、フユジャガイモの
村人にも感謝されて一石二鳥だ。
肉野菜炒めが食べたかった訳じゃないからな!
ティオの剣術修行も、やっと基本の素振りがさまになってきた。
といっても、まだチャンバラやるレベルに達してはいない。
「僕は本物の剣を使いたい!」
止めとけ、と言ってるのに、ティオは家の中に保管してある真剣が使いたくて仕方ないらしい。
母親の寝ている部屋に忍び込んで、鞘に入った剣を握りしめている。
「怪我するから止めとけって」
人間の少年の姿に変身して、ティオを説得していると、ベッドで寝たきりのティオの母親が目覚めた。
「ティオ、その言葉遣いは……」
やば、ばれた。
ティオの母親は不思議そうに、俺の姿とティオを交互に見た。
「男の子の友達が出来たのね……そう、いつまでも女の子の振りはできないわね」
ティオの母親は、ずっと寝たきりなので、俺の正体を知らない。
銀髪の少年が、息子と仲良さそうに話しているところを見て、近所の子供か何かだと思ったのだろう。あながち間違いじゃない。ご近所のフェンリルさんちの末っ子だけどな。
息子の握りしめている剣を見て、彼女は目を細めた。
「……その剣はとある英雄のものでした」
「?」
急に昔話を始めた母親に、ティオはきょとんとする。
「しかしその英雄は、活躍を妬んだ人々によって反逆者として国から追い出されてしまったのです。英雄を失った国は急速に
「ぶふうっ!」
話の途中で、俺は噴き出してしまった。
そんなことになってたなんて、知らんかった……過去の自分の名前が国名になるって、恥ずかしすぎるっ!
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