14 ハンターをやっつけました

 俺は、狼の姿で駆け抜ける爽快感を満喫した。

 人間の姿や子狼の姿で、思うように動けなかった時と違う解放的な感覚。何でもできそうな万能の力が、全身にみなぎっている。


 森の片隅で爆発が起きているのを察知して、俺はそちらに向かう。

 そこではクロス兄が鋼の鎖でぐるぐる巻きにされて、もがいていた。罠に掛かっているようだ。近くにハンターと思われる若い男が、魔導銃を構えている。

 男は眠そうな目をした冴えない風貌だったが、魔導銃の狙いは正確だと俺には分かった。このままでは兄たんがやられてしまう。


「クロス兄!」


 俺はクロス兄を束縛する鎖に魔法を掛けた。

 鋼の鎖が一瞬で氷の塊に変化し、砕け散る。

 クロス兄は、拘束を逃れて横っ飛びに走る。

 間一髪でハンターの銃撃が通りすぎた。


「ゼフィ! その姿と魔法はいったい?!」


 クロス兄の疑問に答える前にすることがある。

 俺が視線を向けると、男の手の中のごつい魔導銃が一瞬で凍りつき、氷の欠片となって四散した。


「何だとっ」


 未来の俺は変身の魔法を使いこなし、より高度な「変化」の魔法に昇華したらしい。命の宿っていない物なら、氷に変化させて砕くことができる。

 はっきり言って反則級チートの魔法だ。


「お、俺の魔導銃! 攻撃の前に武器を破壊するなんて滅茶苦茶だ、ありえない! くそ、大枚はたいて買った最新式の銃がああー」

「師匠、銃の心配より、命の心配ですよ!」


 ぎゃああと男は頭を抱えて雪に膝を付いた。

 赤毛の少女が、男に駆け寄って肩を揺らしている。

 少女の頭部には丸い獣耳が付いており、スカートの下から丸くて太い尻尾が見えていた。どうやら獣人らしい。


「もう駄目だ、ローンが……」

「しっかりしてください、師匠!」

「こうなったら」


 男は俺たちが思いも寄らない行動に出た。

 なんと少女に腕を回し、その細い首もとにナイフを突きつけたのだ。


「動くな!」


 俺とクロス兄は動きを止めた。

 別に、人質になっている少女に情けを掛けた訳じゃない。

 あまりにも男の行動が意味不明だったからだ。


「神獣は慈悲深い生き物だろう。この獣人の女を殺されたくなければ、ここから立ち去れ!」

「……その子はお前の仲間じゃないのか」


 クロス兄は呆れている。


「師匠、最低! 奴隷にされそうだった私を助けてくれたのは、嘘だったんですか?! やっぱり私のことを道具だと思っていたんですか」

「最低で結構。俺はお前を捨ててでも生き残るんだよ」


 男はゲスい笑みを浮かべて言う。

 そのナイフを持つ手が震えているのを、俺は見逃さなかった。


「卑劣な人間よ。お前はここで死ね……」

「待ってクロス兄」


 男を殺して、少女を助けようとするクロス兄を、俺は止めた。


「なぜ止める、ゼフィ」


 クロス兄は不思議そうにする。

 俺は説明した。


「それはそいつの演技だ。その男は俺たちにわざと殺されて、女の子を生き残らせようとしてるんだよ」

「何だと?!」


 意外と仲間思いの人間だよな。

 単純なクロス兄には、言葉の裏が見抜けなかったようだ。


「……ぐうー」


 会話の途中に間抜けな音が響く。

 何の音だか、すぐには分からなかった。

 あ、俺の腹の音だ。


「おなかすいた……」


 ポンッと音を立てて変身魔法が解除される。

 俺は目を回して雪の上に落ちた。

 どうやら魔力もスタミナも同時に切れてしまったらしい。


「ゼフィーーーっ!」


 クロス兄はあわあわした。

 今度はハンターの男の方が、意味不明と言った様子でボケッとする。


「この隙に逃げるか……?」

「貴様ら!」


 クロス兄はぐったりしている俺をくわえて持ち上げると、ハンターたちをギロリとにらんだ。魔法で人間に言葉が通じるようにしたみたいだ。

 こっそり逃げようとしていた男と少女が立ち止まる。


「命は見逃してやろう。だから、山のふもとまで俺の狩ったバングベアを運べ!」

「な、なんで俺たちがそんなことを」

「何故かだと?! 決まっている」


 クロス兄は、カッと目を見開いて言った。


「バングベアはゼフィの好物だからだ!!」


 それが何の関係あるの? と彼らの顔に書いてあったが、危機迫る形相のフェンリルに睨まれて首を縦に振った。


「分かった! 運べばいいんだろ!」


 かくしてハンターたちは何故かクロス兄の狩った獲物を、真白山脈のふもとまで運ばされることになった。

 


 

 俺は高熱でうなされていた。

 いきなり高レベルの魔法を使った反動らしい。

 母上が心配そうに俺をのぞきこんでいる。


 少し離れたところでは、クロス兄とウォルト兄が言い争っている。


「俺の狩ってきたバングベアの方が大きい!」

「……グルルル(何だと)!」


 クロス兄は俺と仲直りするきっかけのために、遠出して俺の好物バングベアを狩ってきた。バングベアはフェンリルの棲み処付近に生息していないため、狩るには少し遠出しないといけないのだ。

 そうして南の森に遠征して、ハンターを見つけて戦いになったそうだ。

 一方、ウォルト兄も魔法の練習に励む俺に精を付けるために、北の山に行ってバングベアを狩ってきたらしい。


 兄たんたちは、お互いのバングベアのどっちが大きいかで喧嘩している。

 なんて弟思いの良い家族なんだ。

 俺は幸せだなあ。


「……兄たん。ありがと……」


 熱でハアハアしながら、感謝の気持ちを伝えると、兄たんたちは感極まったように震えた。


「ゼフィーーっ」

「……(ぶるぶる)……」


 母上は呆れたように溜め息をついた。


「……ウォルト、クロス。弟にあまり負担をかけてはいけませんよ」


 この件で、兄たんたちの過保護が加速したのは言うまでもない。


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