13 未来の自分を召喚しました

 太った山猫は、人間には分からない獣言語リーガで喚き散らしていた。


「人間、それ以上近づくなら、私の魔法で全員、豚に変えるわよ! この村を養豚場にして、育った豚からローリエ王国の市場に出荷してやる! ブヒブヒのドナドナよ!」

「……へえ、雪国の名産豚になりそうでちょっと面白いなあ」


 俺は人間の姿に変身して木陰で服を着ると、村の中央へとゆっくり歩いた。

 サムズ爺さんが俺の姿に気付いて「フェンリルさま」と声を上げる。

 山猫を取り囲んだ村人は、俺を見て戸惑った様子だ。

 気にせずに「これお土産」と言ってロックイーグルの卵と雛を、一旦、爺さんに手渡す。

 シャーっと唸る山猫の手前にしゃがんで、目線を合わせた。


「こんなところでどうしたの? ボロボロじゃん」


 この山猫は、以前、俺に人間に変身するやり方を教えてくれた、ルーナという少女だ。

 今日はなぜか毛皮が焦げて、あちこちに傷を負っている。


「お前はゼフィリア! この間の貸しを返して私を助けなさい!」

「貸しってなんだっけ。忘れちゃった」

「きいーっ! こうなったらお前を倒して、その魔力を我が物としてくれる!」


 いきなり飛び掛かってくる山猫を、俺は上手にキャッチした。


「ははは、元気な猫だなあ」

「ど、どこを撫でてるのよ、エッチ!」

「猫にエッチも何もないだろ。うりうりうりー」


 お腹の毛をくすぐって、首の周りの毛をすいてやる。

 抵抗がゆるんだ隙に尻尾の根本を撫でると、山猫は俺の腕の中でトロンとなった。


「ううう……なかなかのモフテクね。仕方ない、お前を私の配下と認めてあげましょう」

「なにその上から目線。俺は真白山脈の主フェンリルだぞ」


 この一帯で一番偉いのだ。俺は末っ子だから、実は権力ないけど。

 フェンリルと聞いて、大人しくなっていた山猫は耳をピンと立てた。


「フェンリル! そういえば……」

「どうしたの?」

「南の森のはずれで、私はハンターと遭遇したの。そこに若いフェンリルが現れて、戦い始めたのよ」

「何だって?!」


 山猫ルーナの話によると。

 南の森に棲むルーナは、真白山脈を目指して旅をする若い男女の二人組を発見したらしい。彼らに興味を持ったルーナはちょっかいを出して、荷物の中身を拝借しようと企んだ。

 しかし逆に返り討ちに遭いそうになる。

 彼らと応戦していたところ、フェンリルが割り込んできた。


「クロス兄かな。それともウォルト兄?」


 ウォルト兄は山の上の方に出掛けたから、クロス兄の可能性が高い。


「奴らは神獣ハンターよ。いくらフェンリルでも油断できない相手だわ。しかも障害物の多い森の中じゃ、ハンターが有利よ。ふふっ、良い気味だわ!」

「助けに行かなきゃ……!」

「ちょっと私の話を聞いてる?」


 俺は唇を噛んで考えこんだ。

 この間、ティオを追って森に入った時とは状況が違う。

 人間の少年の足では一生懸命走ったとしても、クロス兄の元に辿り着くのに時間が掛かりすぎる。フェンリルの子狼の姿はもちろん役に立たない。


「ピヨピヨ」

「フェンリルさま、このヒヨコはどうすれば」


 爺さんがロックイーグルのヒヨコを抱えて困っている。

 俺はヒヨコを見て、天啓がひらめいた。


「そうだ、時の魔法を、自分自身にかければ」


 卵がヒヨコになったように。

 子狼の俺が、一人前のフェンリルになれば。


「何をするつもり?」


 怪訝そうにする山猫ルーナを、地面に降ろす。

 深呼吸して、頭の中に時計を思い浮かべた。

 魔法の対象を自分自身に設定して、時計の針を右回しに高速で進ませる。

 しかし、石臼の重い取っ手を回す時のように、魔法の手応えは良くなかった。キャパオーバーなのか、やっぱり一気に何十年も時間を進めるのは、今の俺には無理なのかもしれない。

 フェンリルの俺が大人の狼になるには、まだ百年近く時間がかかるのだから。


 ここまでなのだろうか。

 諦めずに目を閉じて集中する。ふと俺は、もうひとつの魔法のことを思い出した。ルーナから習った無属性の変身魔法。


 二つの異なる属性の魔法を、掛け合わせることは可能だろうか。


 考え方を変えればいい。

 俺は、未来の自分の姿に変身するのだ。

 時の魔法でその補助をする……!


 二つの魔法を同時並行で行使する。

 今度は上手くいく気配がした。


「おお……」


 周囲の村人が驚き、感嘆する声が聞こえる。

 目を開くと背の高さが変わっていた。

 人間たちを見下ろして、俺は本能の赴くままに高く吠える。

 兄狼と同じような太い吠え声が喉から出た。全身に力がみなぎっている。これが大人のフェンリルの身体か。


 雪が、風が、真白山脈フロストランドの全てが、俺を祝福しているようだ。


「神獣フェンリル……!」


 誰かが畏怖するように呟いた。

 大地を蹴って高く跳躍し、小さな村を一気に飛び越えると、俺は南の森へ向かって走り始めた。

 

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