雪国の救世主

17 奴隷になる魔法を跳ね返しました

 突然ですが、誘拐されました。

 何が何だかさっぱり分からない? 奇遇だな、俺もそうだ。

 まずは、どうしてこうなったか思い返してみよう……。




 俺は先日、ティオの母親をピチピチの綺麗な娘に若返らせた。

 若くなった母親の姿を見たせいか。はたまた最近、俺に男の所作や剣術を習っているせいか。ティオは思うところがあったらしい。


「僕は王都に行って、騎士になる!」


 ティオは決意の印に、剣で長い金髪を切った。

 髪も短くなってさっぱりしたので、だいぶ少年らしくなった。


「あなたがそのつもりなら、私は止めません。王都のフィリップ・クレールさまを訪ねなさい。フィリップさまなら、あなたの目指すべき道をアドバイスしてくれるでしょう」


 ティオの母親は息子を止めなかった。

 かくしてティオは、神獣ハンター師弟を護衛にして、村を旅立つことになったのである。


「……本当は一緒に行きたいんじゃ?」


 俺は気になって、ティオの母親にこっそり聞いた。

 病床に伏していた時は動けなかったから仕方ないが、今は若返って色々なところへ自分で行けるのだから、ティオを見守りたいのでは、と思ったのだ。


「気にならない、と言えば嘘になりますね」

「じゃあ……」

「いえ、私は行きません。若い頃、お父さんの反対を押しきって村を飛び出して、都で無茶をしました。おかげでティオを授かったので、後悔している訳ではないです。けれど、その代わりに親孝行できませんでした」


 ティオの母親はニッコリ笑った。


「だから今度は、お父さんを大事にして、のんびり田舎暮らしも良いかな、と思いまして」

「気が合うな。俺も田舎でのんびりしたい」


 若い頃は、勢いに任せて黒歴史を量産しちまったからな。世間では俺が英雄になっているそうだが、恥ずかしくて噂を聞きたくないよ。

 そういう訳で俺は、ティオには付いていかない。

 兄たんたちとのんびり狼田舎暮スローライフらしをするのだ。




 ティオが旅立ってから剣術を教える必要がなくなって、その分、俺は暇になった。

 暇な時間はお昼寝して過ごすことにした。

 ウォルト兄の頭の上に、子狼の姿で乗っかって、人間の村の畑の前で日光浴しながら寝た。風が気持ちいい。


 あんまりにも平和なので、油断していた。

 大胆にも犯人は、お昼寝中の俺をつかんで持ち上げ、空中を移動したらしい。弟が誘拐されたのに、気付かず寝てたウォルト兄も相当に平和ボケだ。


「ええっと、対象者を隷属させる魔法……呪文を唱えて……」


 気が付くと、平な石の上に転がっていた。

 薄目を開けて周囲の様子をうかがう。

 そこは深い森の中、俺は子狼の姿で祭壇のような石の上に寝かされていた。

 俺の周りには白い線で円が描かれ、意味の分からない文字がたくさん書かれている。魔法陣か? 誰だ、こんな時代錯誤の黒魔術を使おうとしているやつは。


「ゼフィの名前を知っているし、条件は足りているはず……魔術文字ルーンは合っているし」


 山猫のルーナだった。


「なにやってんの?」


 俺は起き上がると、くあっと欠伸あくびをした。

 今日のルーナは猫耳と尻尾を付けた人間の少女をしており、古びた魔導書を手に持っている。


「ちょっと動かないで! 今、あなたを奴隷にする魔法を発動するところなんだから!」


 それは動かないといけないんじゃないかな。

 石の上から飛び降りようとすると、焦ったルーナが呪文を唱えた。


「フェンリルの子、ゼフィリア! 私の奴隷になりなさーい!」

「え、ヤだ」


 即答。

 魔法陣から黒っぽい霧が立ち上り俺を取り巻いたが、すぐに流れて消えた。


「……」

「どうして?! この魔法は、対象者が自分より年下なら絶対に成功するはずなのに!」


 おう、ごめんな。たぶん、俺の前世の年齢が加算されたからだわ。


「ゼフィリアさま、ご命令を……はっ、これって失敗したら自分に術が返るの?!」


 ルーナの様子がおかしい。

 俺をすがるような目で見て、口元を押さえる。

 試しに命令してみた。


「猫のすがたになって」

「!」


 ポンと音を立てて、ルーナは太った山猫の姿に戻った。


「なんで私が、あなたの奴隷になってるのー?!」

「じごうじとく……」

「子供のくせに自業自得なんて難しい単語、よく知ってるわね」


 考えてみたら、兄たんたちと母上以外、俺が元人間だと知らないんだった。

 どうやらルーナは、小さな子狼の俺なら簡単に魔法にかけられると踏んだらしい。神獣フェンリルの力を手に入れて、何をするつもりだったのだろう。


「おれに何をさせるつもりだったの?」

「あなたが村の人間の娘を若返らせたと聞いたから、私も時を戻して猫娘になる前の恰好いいハンターの頃に戻してもらえるかと思ったのよ!」

「ふつうにたのめば良かったんじゃ」

「フェンリルの力を手に入れたら、真白山脈フロストランドをのっとって、したい放題できるじゃない!」


 ルーナは鼻息あらく言い放つ。

 二兎を追うもの一兎も得ず、ってやつか。


「……のろい、ふえたね」

「言わないでぇええええーっ!」


 呪いをかけられて猫娘になってしまった元人間のルーナ。

 解呪どころか、さらに別な魔法にかかってしまったらしい。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る