06 懐かしいものを発見しました(10/31 改稿)
いつの間にかぐっすり眠っていた俺は、美味しそうな朝食の匂いに目を覚ました。
見上げた窓からは眩しい朝の光が降り注いでいる。吹雪は止んだようだ。窓ガラスに張り付いた霜が、朝の光を受けてダイアモンドの欠片のように七色に輝いている。
俺はうーんと伸びをして、寝床にしていた
何となく良い匂いのする方向へ向かう。
そしてダイニングで、爺さんとティオがご飯を食べているのを発見した。
「あ、ワンちゃん、おはよー!」
むむ、俺を置いて先に朝食とは。
「ワンちゃんも食べる?」
「ティオや、フェンリルさまに人間の食事は……」
ティオは自分の皿を俺の前に持ってきた。
爺さんは止めようとしているが、ティオは聞く耳持たない。
皿の上には、蒸かしたジャガイモと炒めたベーコンを香辛料と塩で味付けした食べ物が載っていた。時間が経って冷めているようだが、非常に食欲をそそる匂いがする。
じゅるり。
俺はヨダレを垂らしそうになって、慌てて首を振った。
そういえばフェンリルに生まれ変わってから、人間の食事をしていない。食べても大丈夫なんだろうか。
ものは試しで、皿の上のジャガイモをかじってみる。旨い。ほくほくの芋と肉の旨味がベストマッチしている。どうやら人間の時と、味覚はさほど変わっていないようだ。
途中から俺は夢中になって、食事を平らげた。
フェンリルの食事は生肉ばっかりだから、久しぶりに味付けされた人間の食事をすると旨いのなんの。
さっさと母上や兄たんのところに帰りたいけど……たまには人間の食事をしに人里に降りてもいいかもな。
「フェンリルさま、お腹を壊さないだろうか」
爺さんだけは、ある意味まともな感性で俺の心配をしている。
玉ねぎ入ってなかったから大丈夫なんじゃないの。
「おはよう、サムズ爺さん! 卵と牛乳を持ってきたよ」
「おお、毎朝ありがとう。そこに置いてくれ」
服や靴から雪を落として、外から室内に入ってきたのは、昨日見た洗濯物のおばさんだった。
「今日はどっちに狩りに行くかい?」
「昨日と同じく北の峰へ。南の森はモンスターが出るようになって、危険だからな」
「さっさと南の森から出てってくれると良いんだけどねえ」
雑談をして、洗濯物のおばさんは去っていく。
爺さんも狩りの道具を持つと「良い子で待っているんだぞ」とティオの頭を撫で、出て行ってしまった。
「……」
ティオは何やら考えこむ風だ。
沈黙に不吉な気配がする。
「……よし、南の森へ行こう!」
それはさっき、モンスターが出ると言ってたところかな。
「私がモンスターを退治して、村を救うんだ! そうと決まったら」
おいおい。この子、トラブルを呼び込む性質なのか。
ティオは母親の眠る寝室に向かい、俺の寝ていた
「あった!」
干した草束の中から現れたのは、なんと立派な
鞘に縫われた白い
間違いない……あれは、俺が人間の時に使っていた愛剣だ。
「これがあれば……!」
ティオはいそいそと剣を抱える。
一方の俺は前世の記憶をたぐっていた。おかしいな、あの剣は国を出る時になくしたと思っていたのに。なんでこんなところにあるんだろう。
身支度もほどほどに浮き浮きした足取りで、ティオは剣を持って家から飛び出した。
気になって俺は小走りに後を追う。
村から出ようとしているティオに気付いて、洗濯物を抱えたおばさんが声をかける。
「ティオちゃーん、どこへ行くのー?」
「どこだっていいでしょ」
「駄目だよ、南の森へ行っちゃ。おばさんと一緒に川へ洗濯に行こう」
「ちぇっ」
ティオの企みに気付いたおばさんが、素早く行く手に立ちふさがる。
しかたなくティオはおばさんと一緒に川に降りた。
川は半分凍っているが、中央には氷水がチョロチョロ流れている。
おばさんは洗濯の準備をしながらティオに話し掛けた。
「おや、何を持ってるんだい? 危ないものを……」
「これ? 母さまが、父さまに買ってもらった剣なんだ。何でも二十年ほど前の戦争で活躍した"無敗の六将"って英雄の持ち物だったって」
「ぶふうっ!」
俺は思わず噴いた。
ここでその二つ名を聞くと思ってなかった。改めて聞くと恥ずかしいな。
「どうしたのワンちゃん」
ティオが咳き込んでいる俺の背中を撫でた。
おばさんが笑顔でティオをたしなめる。
「そうかい、それは凄い剣なんだね。大切に家の中にしまっておくんだよ。持ち出したりしないで」
「……はーい」
釘をさされたティオは不満そうな顔をした。
おばさんは板を取り出して洗濯に集中し始める。
ティオはそろそろと後退りすると「トイレ」と叫んで駆け出した。
「あ、ティオちゃん!」
おばさんが呼び止めるが、ティオは立ち止まらない。
腕白少年は剣を持ったまま、真白山脈の南にある黒い森に入っていく。
俺は慌てて後を追った。
くそう、子狼の
日の射さない暗い森の中で、俺は足踏みした。
先に走っていった少年の姿は見当たらなくなっていた。
「大きくなれたらなー。それか、人間に変身できたらいいのに」
あまりの不便さに俺はつい愚痴った。
「……教えてあげようか」
木の上から鈴を転がしたような、女の子の声がした。
見上げると、枝に寝そべった太った山猫が緑色のキャッツアイで俺を観察していた。こいつがしゃべったのか?
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