04 これって家出にあたります?

 爺さんと孫娘は、じたばたする俺を抱えて山のふもとの集落に向かった。そこは本当に小さな村で、山あいの川の近くに十数軒、民家が立ち並んでいる。


「ちょっと、サムズ爺さん、あんたの孫娘が抱えているそれは!」


 洗濯物を抱えたおばさんが、目ざとく孫娘が抱きしめた子狼、すなわち俺を見つける。


「まさかフェンリル様の子供?!」

「そうかもしれんなあ」

「サムズ爺さん、のんき過ぎ! フェンリル様が怒ったら、こんな村なんてあっという間に雪に飲まれちまう!」


 おばさんはオーマイガーと洗濯物を放り出して右往左往した。

 爺さんはバツの悪そうな顔でぼんやりしている。

 集まってきた村人が俺を見て絶望した顔になった。


「みつぎ物だ! 誰かニワトリを捕まえろ! フェンリル様にニワトリを献上して許しを請うんだ!」

「コケーコッコッコ!」

「え? 何、どういうこと?」


 孫娘だけは事態をよく分かっていない。

 大急ぎで即席の祭壇が設けられ、俺は孫娘に抱えられたまま、上座にすえられた。どうやらこの村では、フェンリルは神様として崇められているようだ。

 新鮮なニワトリの肉が捧げられる。

 うむ。くるしゅうない。

 お腹が空いていた俺は、ニワトリ肉に飛び付いた。

 

「これで許してもらえるかな……?」


 村人たちは不安そうだ。

 俺がニワトリ肉を八割がた食べ終えたところで突風が吹き、噂のフェンリル兄二匹が駆けつけてきた。


「おのれ人間ども、俺の可愛いいも、弟をどこへやった?!」


 今、妹って言いかけなかった、クロス兄……?


「ヴヴヴ……!」


 ウォルト兄は派手に牙をむき出しにして唸っている。

 村人は真っ青になって、フェンリルの巨体を見上げていた。


「兄たーん」


 俺は兄と合流しようと、手足をパタパタ動かした。

 しかし孫娘がしっかり俺を抱きしめているせいで、前に進まない。


「ワンちゃん行かないで!」


 ちょっと君、空気を読もうよ。


「小娘、ゼフィを離せ……!」


 クロス兄がギラリと孫娘を射殺しそうな目で見たが、孫娘はひるまなかった。


「ワンちゃんはもう私の家族なんだもん! 私が守るんだから!」


 すごい勇気だ、尊敬する。しかし発揮する場所を間違えてないか。

 案の定、キレたクロス兄が天高く吠えた。


「滅びろ人間!」


 ざざざざー……と山の上から轟音が聞こえてくる。

 雪崩なだれの前兆だ。

 クロス兄は神獣フェンリルの力で雪崩を起こし、村ごと邪魔な人間を一掃しようとしている。


「もう駄目だ……皆、死んでしまう」


 洗濯物を拾い集めたおばさんが、虚ろな目をした。

 やり過ぎだよ、クロス兄、ウォルト兄。

 こんな小さな子供の我がままで、無駄に命を奪う必要はないと思う。それに俺はニワトリをご馳走になったから、ここで彼らを見捨てたら食い逃げになっちゃう。


「やめりょーーーっ」


 舌かんだ。

 俺は精一杯、制止の声を上げたつもりだった。

 しかし次の瞬間、俺の鳴き声は不思議なエコーがかかって、何かの楽器のように白銀の峰に響き渡った。


「え……?」


 集落の直前まで迫っていた雪崩の音がピタリと止まる。

 粉雪まじりの風が余韻のように、村人とフェンリル兄弟の間を静かに吹き抜けた。


「……今の、ゼフィが俺たちの起こした雪崩を止めたのか……?」


 クロス兄が呆然と呟く。

 雪崩止まったの? よく分からないけど、結果オーライだ。


「兄たん、めっ。キライになっちゃうよ!」

「……(がーん)」


 俺は幼児なりに一生懸命、兄を説得しようとした。

 しかし、いかんせん語彙が少ないのでうまく伝わらない。 兄二匹は、俺が反抗期になったように受け取ったらしい。


「出直してくる……」

「……(しょぼーん)」


 クロス兄とウォルト兄は、耳と尻尾を垂れて、山の上に引き返していった。あれれ? 俺、兄たんと山に戻るつもりだったんだけどな。


「やったね、ワンちゃん!」


 頬をすり寄せてくる孫娘。

 諸悪の根源はこいつだ。いったいどうしてくれよう。


 ちなみに俺たちフェンリルの会話は、人間には聞こえない狼の吠え声だ。母上は魔法を使って人間の言葉を話せるようだが、普段の会話は狼語である。

 狼語が分からない村人には、フェンリルがなぜ退却したか分からない。

 分からないなりに、子狼の俺が他のフェンリルを説得してくれたように見えたのだろう。


「おお、村の守り神じゃ!」


 村人は俺を崇めたてまつった。

 なんだかなあ。

 前世を思い出して俺は憂鬱になる。

 昔、人間だった頃。俺は剣一本で大勢を救って英雄と呼ばれた。だけど利用価値がなくなった途端に、持ち上げていた人たちは手のひらを返したのだ。


 人間は信用できない。

 はやいとこ、兄たんや母上に迎えにきてもらって、暖かいフェンリルの洞窟に帰りたい。


 遠い目になっていると、孫娘が自己紹介してきた。


「ワンちゃん、私はティオっていうの。これからよろしくね!」


 よろしくじゃねーよ!

 俺はフェンリルの家族のところへ帰るんだからな!


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