03 人間にさらわれました

  棲みかの洞窟に帰って「竜を食べた」と報告すると、母上は怒った。


「最初は兎狩りくらいから始めるものでしょう!」

「いや、でも、最初だから竜をご馳走してやろうと思って」

「……」

「あなたたちが食べたかっただけでしょうに」


 やっぱり竜は初心者向けではなかったみたいだ。

 そうだよね。普通に考えたら神獣の次にヤバいモンスターだよ竜は。

 でも竜肉おいしかったなあ。また機会があったら食べたい。

 ところで、怒られた兄達はちっとも反省していなかった。


「ウォルト兄だって、止めなかったじゃないか!」

「ヴヴヴ……!」


 牙をむき出しにして、兄二匹は睨み合った。

 今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうだ。


「ゼフィ、ほら」


 母上は溜め息をつくと、俺をくわえて唸りあう兄二匹の間に落とす。

 無言で促されて、俺は魔法の言葉を唱える。


「兄たん大好きー!」


 途端に緊迫した空気が萎え萎えになった。

 兄二匹は一気にほのぼのしてしまって「ゼフィは可愛いなあ」と言っている。ちょろい。


 母上は言葉を覚え始めたばかりの俺に、真っ先に「兄たん大好き」を覚えこませた。事あるごとに喧嘩を始める馬鹿兄二匹の対策用だ。

 なんでもクロス兄とウォルト兄の喧嘩で、山が一つ消えそうだったので、母上は一計を案じたのだそうだ。名付けて「幼児メロメロ大作戦」。今のところ母上の策は功を奏し、愛くるしい俺の魅力に兄二匹は骨抜きである。


 恥ずかしい台詞を言わされている俺だが、恥ずかしいだけで損害はない……むしろ真白山脈フロストランドの平穏に一役買っていると知っているので、諸々もろもろ諦めている。


 兄たんたちが和んだのを見て、母上は話題を狩りに戻した。


「ゼフィリアはまず、兎狩りを覚えるように」

「ふあーい」


 良い子の返事をした俺だが、この初心者向け兎という奴が、初心者向けじゃなかった。

 次に外に連れて行ってもらった時に知ったのだが、兎、超狂暴モンスターだった……。


 悪魔兎イービルラビット

 真白山脈フロストランドの全域で生息する、見た目ふつうの白い兎だが、戦いのスイッチが入ると筋肉ムキムキの凶悪な人相に変身する。


「あんなの食べれないよー!」


 兎の変身を目撃した俺は、ショックで泣きながら坂道を下って逃げた。


「あ、ゼフィ、そっちは凍った川だぞ」

「ひえええーーっ?」


 凍った水面に飛び出してしまった俺は、ツルツル滑って知らない河口へ流された。慌てて踏ん張るものの、全然ブレーキが効かない。

 遠くでクロス兄が「後で助けに行くからなー!」と叫んでいる。

 神獣フェンリルも滑りやすい氷上は走れないらしい。


「止まらないぃーー!」


 岩にぶつかって目を回しながらビュンビュン流された。

 丈夫なフェンリルの子供だからか、ひどい目にあったけど、怪我はしていない。


「ここ、どこ?」


 気が付くと、だいぶ山の下の方まで来ていた。

 俺はトボトボと針葉樹の林を歩き出す。


「お腹減ったなあ」


 ふと、ピヨピヨ鳴く小鳥の声が聞こえた。

 木の根元で黄色いヒヨコのような生き物が鳴いている。


「ご飯!」


 俺は何の警戒もせずに、ヒヨコに突っ込んだ。

 足元でバタンと音がした。


「あれ……?」


 それはヒヨコを餌に設置された人間の罠だった。




 ヒヨコの近くに踏み込むと鉄格子の檻が現れる仕組みらしい。

 フェンリルとは言え、まだ子供の俺には鉄格子は破れなかった。

 油断したなあ。

 つい子供みたいにはしゃいでしまった。

 罠の中に囚われた俺は、人間の記憶を引っ張りだして、冷静にどうにかできないかと考えた。

 檻の外側にあるハンドルみたいなの、回してみようか。うう、足が短くて届かないよう。


「おや……」


 やがて時間が経ち、罠の仕掛け主らしい人間の爺さんがやってきた。

 厚手の服を着こんで矢筒と弓を持っている。

 狩人を生業とする山の民のようだ。

 爺さんは檻の中の俺を見て目を丸くする。


「子犬……にしては綺麗な生き物だ。もしや真白山脈フロストランドの主、神獣フェンリルの幼獣か……?」


 爺さん意外に賢い。

 そうだフェンリルだ。兄達が来たら大変だから、すぐに俺を山に帰してくれ。


「もしフェンリル様の子なら、すぐに山にお返しせねば」

「……お爺ちゃーん」


 爺さんを追って少女の声がした。

 金髪で林檎のほっぺをした女の子が、キラキラした目で俺を覗きこむ。


「わあ、綺麗なワンちゃん! お爺ちゃん、私、この子を飼いたい!」


 ちょっと待て。


「う、うーむ」


 爺さん悩むな! 孫がいかに可愛いかろうが、して良いことと悪いことがあるぞ!


「少しだけなら……」


 少しもくそもない、うちのブラコン兄が来たら、人間の村なんて滅ぶぞ。やめとけ、やめとけってば!

 しかし人間を辞めてしまった俺の言葉は、彼らには通じない。

 人間には子犬がきゅんきゅん鳴いているようにしか聞こえないだろう。


「わーい、ありがとう!」


 少女に抱きしめられて、俺は悲鳴を上げた。

 こうして俺は人間の集落にお持ち帰りされてしまった。

 

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