エピローグ2

「ここよ」


 鬱乃森が案内したのは、社屋のてっぺん、UFOみたいな円盤の中だった。


「うわー! すごい!」


 柚木が歓声を上げる。


 それもそのはず、六枚切りのピザのような形の部屋は、外に面する側が完全ガラス張りになっている。

 今日はすっきり晴れてるので、遠く富士山までを見ることができた。


「いや、すごいけど、いま驚くべきはそこじゃないだろ」


 何十畳もありそうな部屋には、執務用の机と、応接用のソファがある。

 普通の社長室とちがうのは、机のまわりにおびただしい量のコンピューターが並んでいて、机には五つものモニターが設置されてるってことか。


「一応、CTA――チーフテクノロジーアドバイザーという役職があるのだけど、今は仕事はしてないわ。両親が別居してからは、LIMEには一切タッチしていない」


 鬱乃森が、机の椅子に腰を下ろしながらそう言った。


 俺は、理解が追いつかない。


「えっ⋯⋯どういうことだよ。鬱乃森はLIMEの社員だったのか?」


「社員ではないわ。役員よ。今は名ばかりだけど」


「なんで、高校生が名ばかりとはいえLIMEの役員なんてしてるんだ?」


 俺と柚木が、揃って鬱乃森を見る。


 鬱乃森は、小さく息をついてから言った。



「LIMEを作ったのは、わたしなのよ」



「えっ?」


 一瞬、マジで頭がフリーズした。


「だから、LIMEを作ったのはわたしなの。べつに、秘密にされてるわけじゃないわ。LIME社のウェブサイトを調べればどこかには書いてあるはずよ」


「ちょっと待ってろ」


 俺はスマホを取り出し、「LIMEのホームページ」と音声入力する。

 膨大な関連事業が列挙されている世界一有名なホームページをスクロールし、企業情報の欄を見つけ出す。


 だが、


「……多いな」


「わたしの名前で検索すればいいでしょ」


 そりゃそうだ。

 俺は「このページ以下を鬱乃森椿で検索」と音声入力。

 ページが自動でスクロールして、黄色でハイライトした文字列の箇所で止まる。


 初代LIMEアプリ設計・開発:鬱乃森椿(当社創始者・鬱乃森たちばなの妹、当社CTA)


「ほ、本当だ……」


「検索エンジンで直接わたしの名前を検索しても出ないようになってるけれど、表示されたページ内を検索すれば見つかるわ」


「えっ、えっ? 椿っちが、LIMEを作った⁉︎」


 柚木も驚きのあまり固まってる。


 と、そこで俺は気づく。


「ち、ちょっと待てよ! LIMEは俺が小学校低学年の頃には出てきてたはずだよな⁉︎ それをおまえが開発したっていうのはおかしいだろ!」


 鬱乃森が、俺の言葉にうなずいて言った。


「わたしには歳の離れた兄がいた。兄はエンジニアで、わたしにプログラミングを教えてくれた。

 その頃、両親は忙しくてね。

 寂しくなったわたしは、両親との連絡用に専用のチャットアプリを作った。

 それが、LIMEのプロトタイプよ」


「お、おいおい。その時、おまえはいくつだよ?」


「8つの時ね。

 でも、たいしたことじゃないわ。今時、コードを人の手で書く場面は少なくて、フローチャートや自然言語で書いた指示書をAIに読ませれば、雛形くらいはできてしまうのだから。もちろん、兄の手伝いもあったし」


「いや、十分すごいと思うけど」


 鬱乃森の言う通り、プログラミングはグラフィックインターフェイスの発達で昔よりかなりとっつきやすくはなっている。

 小学生向けの、ブロックを組み立てるだけでプログラムが書ける教育用ソフトは、いまやどこの小学校でも使ってる。


 でも、ちゃんとしたプログラムを仕上げようと思ったら、AIがやってくれる部分についてもきちんと把握しておく必要がある。

 漠然とプログラムらしきものが作れる人と、完全に細部まで理解してプログラムを思い通りに設計できる人とでは、幼稚園児の絵とプロの画家の作品くらいの差があるはずだ。


 学校でもプログラミングの授業があるが、俺は興味を持てず、選択科目から外してしまった。


(それを、8歳の時に?)


 頭がいいとはわかっていたが、まさかそこまでだったとは。


「両親は、その頃から仲が悪かったの。だから、仕事に没頭して、互いの顔が視界に入らないようにしていたわ。ひょっとしたら、それぞれの職場でべつのパートナーがいたのかもしれない」


「そんな⋯⋯」


 柚木が悲しそうに言った。


「両親が唯一共通の関心を持てる対象は、わたしだった。

 自分で言うのもなんだけど、わたしは一種の天才のようね。

 その頃、政府が、高度に独創的な人材を輩出することを目的にした特別学校を開設したのだけど⋯⋯」


「ああ、あったな。本人の主体性を大事にして才能を自由に伸ばさせるっていう」


「天才学校だって言われてたやつだね」


「わたしはその学校に選抜されたの。

 結局、子どもを差別するのかっていう世間の批判が強くて、学校は途中で募集を打ち切ってしまったけれど。

 でも、そこに所属してたという実績だけでも十分だわ」


「鬱乃森は両親の期待を背負ってたわけか」


「そうね。でも、重荷というわけではなかったわ。わたしが普通にしてるだけで、まわりの大人が天才だ神童だと騒ぐのだから。

 わたしにとっての問題は、両親の不仲だった。

 数学の難問を解くことはできても、幼いわたしに夫婦関係の機微がわかるはずもなかった。

 普通なら、そこでおしまいになる話よね。でも、わたしには特別な力があった」


「才能と、プログラミングの技術か」


 俺が言うと、鬱乃森が小さくうなずく。


「不仲の両親をなんとか仲良くさせようと、わたしはLIMEにいろんな機能を盛り込んでいった。

 感情的すぎる発言を検知して送信を保留し、再考を促すシステム。

 互いの興味のある領域をチャットログから解析し、互いの共通の話題となりそうなニュースを両者に送信するシステム。

 逆に、両者の意見が食い違うと思われる情報は事前にすべて遮断する。

 スマホの入力精度から使用者の機嫌の良し悪しを分析し、チャットの表示タイミングをズラすシステムもそうね。

 両親は対面したり、電話で話したりするとケンカになりやすかったから、連絡はすべてチャットで済むようデザインした。

 電話をしたり、直接会ったりすることは、面倒で、無作法で、生産性を下げる。そう思わせるように腐心した」


「それが⋯⋯LIMEの原型なのか」


「いわば、おんぶだっこでコミュニケーションを取るようユーザーに強いるのが、LIMEの設計思想なのよ。

 コミュニケーションは面倒で時間がかかる。そのわりにトラブルが発生しやすく、そのたびに生活や仕事が妨げられる。

 LIMEを使えばコミュニケーションは最小限で済み、人間関係も良好なまま維持できる。

 わたしの両親も、顔を合わせる時間が減れば、その分いざこざが起こりにくくなるわ。わたしも、夜中に母親の金切り声や父親の怒鳴り声、ものが壊れる音なんかではね起きることがなくなる⋯⋯」


「椿っち⋯⋯」


 心配そうに声をかける柚木に、鬱乃森は首を振る。


「社会のあらゆる事象が効率化するなかで、コミュニケーションにかかる手間だけは減らなかった。

 生産性を至上と考える人たちは、コミュニケーションというものの非効率性にがまんがならなくなっていた。

 そこに、LIMEが登場した。

 LIMEは熱狂的な歓迎を受けた。

 シリコンバレーの名だたる世界的IT企業が、相次いでLIMEとの相互乗り入れに名乗りを上げた。

 LIMEは、フェイスブックやツイッター、インスタグラム、日本ではLINEといったSNSやチャットアプリから利用者をどんどん吸い上げていった。

 わたしのもとには、世界の富の数%にも当たる巨額のお金が舞い込んできた」


「で、でも、それならおまえの名前はもっと知られてないとおかしいだろ」


「兄がまだ幼いわたしのことを思って、名前が表に出ないようにしたのよ。LIMEはニュースの配信をも独占するようになったから、LIMEの創設者に関する情報は簡単に遮断することができた」


「け、検閲じゃないか!」


「そうね。今の世界でこんなことができるのはLIMEだけよ。

 独裁者のいる途上国でだって、衛星経由でインターネットが使えるし、インターネットで誰かとつながるには事実上LIME以外の選択肢はない。

 LIMEのサーバーは世界中に分散してるから大国でも干渉のしようがない。

 LIMEの規制なんて口にしようものなら選挙に負けるから、政治家も口をつぐんでる」


「⋯⋯椿っちのご両親はどうなったの?」


 柚木が聞く。


「両親はケンカしなくなったわ。

 十分なお金がそれぞれにあって、LIMEのおかげでコミュニケーションも良好。

 でも、その代わりに二人は顔を合わせることもなくなった。

 ケンカはないけれど……それだけよ。

 これじゃ、離婚してるのと変わりがないわ。

 ケンカがないんじゃない。ケンカすら・・ないのよ。

 わたしをどちらが育てるかといった複雑な問題はLIME上ではフィルタリングされ、とてもマイルドな形でしか話し合えない。

 わたしの存在は宙ぶらりんのまま。二人は、わたしの稼いだお金で屋敷を買い、使用人をあてがってわたしの養育を一任した」


「お兄さんは?」


「……今は何もしてないわ。

 もとは優秀なエンジニアだったのだけれど、わたしが作ったアプリが巨額の金を生む中で自信を失い、いつしか仕事をしなくなった。

 兄はLIMEの大株主だから、お金ならいくらでもある。今日みたいに、たまに役員の顔を見にくるだけでいい。

 兄は、わたしにどんな顔をして会ったらいいかわからないのではないかしら。わたしに頼まれれば今日のように車を出したりしてくれるけれど、互いに何を話したらいいのかわからない。

 優秀なカウンセラーを手配してあるから、兄のことは心配いらないわ。わたしにできるのは、たまに顔を見せることと、余計な刺激を与えないようにすること。わたしの存在自体が、兄にはよくない刺激になってしまう。あくまでも妹として、兄を孤独にさせないていどに顔を見せる」


「そんな⋯⋯」


「ねえ、LIMEのコミュニケーションって何なのかしら?

 コミュニケーションは良くなったけど、わたしの家族はそのせいでバラバラになったわ。

 わたしは時々、両親は離婚させるべきだったのではないかと思うことがある。

 兄とわたしがべつべつに引き取られていれば、兄はわたしと比べられることもなく、優秀なエンジニアでいられた。

 両親も、いっときは苦しんだでしょうけど、じきに新しいパートナーを見つけて幸せな家庭を築けていたのかも。

 LIMEのつながりは、呪縛のようにわたしの家族を結びつける。本来はありえなかったようないびつな形で。

 これが、わたしがLIMEを憎む理由。自分で作っておいて、その結果を憎んでる。とんだ道化ね」


 言い終えて、鬱乃森が椅子から立ち上がった。


 俺たちに背を向け、窓の外を見下ろしてる。


 俺と柚木は、かける言葉が見つからない。


(いや⋯⋯ダメだ。ここで何も言えないなんて、そんなのはダメだ)


 俺は、こみ上げる衝動に押されて口を開く。


「でもさ、LIMEが人と人をつなぐ優れたアプリだってことも事実じゃないか。でなけりゃ、ここまで普及しない」


 鬱乃森は俺に背を向けたままだ。


「LIMEが作ったつながりはたくさんある。LIMEが消えるのを防いだつながりだってたくさんあるはずだ。

 ここまでは一般論で、鬱乃森なら当然踏まえてるはずの事実だな」


「⋯⋯そうね」


 鬱乃森がぽつりとつぶやく。


「鬱乃森は、必死だったんだろ? 両親が少しでも仲良くなれるように。8歳の知恵を絞ってがんばった。

 その結果、LIMEというアプリができた。

 たしかに、功罪はあるのかもしれない。

 でも、その時の鬱乃森の願いは、多くの人に届いたよ」


「⋯⋯そうかしら。わたしは、人類のコミュニケーションを、後戻りできないほどに歪めてしまったのかもしれない」


「LIMEが持つ影響力は、たしかに人類規模だ。誇大妄想なんて言わないさ。

 でも、思うんだけどさ、コミュニケーションなんて、そう簡単に成り立つものじゃないんじゃないか?

 鬱乃森の言う『人類のコミュニケーション』なんて、そんなにたいしたもんじゃなかったんじゃないか? 喧嘩も起こる、事件も起こる、戦争も起こる。そんな不完全なのが『人類のコミュニケーション』だ。

 鬱乃森が歪めた? ちがうな、もともと歪んでんだよ。人と人はわかりあえないんだ」


「⋯⋯大きく出たわね」


「じゃあ、身近な話をしようじゃないか。

 コミュニケーションは、たくさんの条件をクリアした上で成り立つもんだよな?

 互いの相性が悪かったり、気遣いがなかったり、忙しくて余裕がなかったり、機嫌が悪かったり、予備知識がなくて相手のことが理解できなかったり。

 山ほどたくさんの前提条件があって、それがうまく合致して初めてコミュニケーションが成り立つんだ。しかも、それはあくまで『成り立った』だけで、コミュニケーションの結果、もの別れになることだってザラにある。今日、鬱乃森と吉崎がそうなったみたいにな」


「⋯⋯そうね」


「それを、個人のコミュ力のせいにしたがるやつもいるよな。

 でも、コミュニケーションのうまいやつなんて、ホントにいるのか?

 俺は、『自分はコミュ力が高いです』なんてうぬぼれてるやつとは分かり合える気がしないね。鬱乃森相手に10分でもしゃべってみろよ。絶対コミュニケーションが成立しねえから。

 ⋯⋯って、そうじゃなかった」


 脱線しかかった話を、俺はなんとかまとめようとする。


「だからさ、人間同士、分かり合えないんだよ。

 分かり合えたような気がすることはあるけど、そんなのは錯覚だ。本当はなにもわかっちゃない。

 それなのにみんな分かりあったフリをする。そうしないと気まずいからだ。

 みんな、常にコミュニケーションに失敗してて、それをなんとか隠そうと必死なんだ。

 だから、コミュニケーションの失敗を隠すこと、イコール、コミュニケーションのように思われてる」


 吉崎が絆にこだわったのも、たぶん不安だったからだ。

 自分がクラスメイト全員と通じ合ってないことを、どこかで感じていたからだ。

 だから形にして確かめたくなった。

 わたしたち、仲良いよね? と。


「だから⋯⋯ええっと、だからさ。人と人が分かり合えないのはごく当然のことで。鬱乃森は、その責任を感じる必要なんてないんだよ。

 むしろ、胸を張っていい。うちのクラスみたいな、ほっといたらなんの関わりも持てなさそうな連中でも、LIMEを使えば一応はつながれる。

 そこから先に進めるかは、本人次第じゃないか? 吉崎みたいに、上っ面でしかつながれなくて、でも不安で、絆を形にしようと焦って、失敗するやつもいる。

 実際言うとな、俺は吉崎のこと、そこまで悪いと思えないんだ。人付き合いがうまいようでいて、人の気持ちがいまいち想像できないってだけだ。そういうタイプってだけだから、鬱乃森がやったみたいに、踏み込まれてイヤだったらはっきり言ってやればいいだけのことだ。それで傷つくほど繊細にはできてないって。

 だから、今朝の鬱乃森と吉崎のやりとり、あれが本当のコミュニケーションなんだと思う。ああやって、時には傷ついたり、イヤな思いをしたりして、すこしずつわかってくる。そういうやりとりはLIMEでは巧妙に排除されてるかもしれないけど、親しくなればいずれ直面する問題だろ。

 みんな同じさ。LIMEがきっかけでつながって、そのまま淡く続くこともあれば、関係が深まることもある。LIMEのおかげでケンカになりにくいなら、それはいいことだ。失敗しにくいなら、勇気を持って他人とつながることもできるしな。結局、使う側の問題じゃねえか。

 ええっと⋯⋯だから、鬱乃森はなにひとつ悪くない」


「それが⋯⋯あなたの言いたいこと?」


 鬱乃森が、外を見たままで言った。


「ああ。鬱乃森の意見に対する、俺なりの反論だ」


「混乱してて、まとまりがなくて、論理的でもないわね」


「だな。自分でもそう思うよ」


 鬱乃森がついた息で、ガラスが曇った。


 鬱乃森が振り返る。


「でも、あなたのーー友人ともひとの気持ちは伝わった。わたしが、勝手に気負っていただけなのかもしれない」


「そうだよ。両親の不仲が当時8歳の子どものせいだって? そんなわけあるか! たしかなのは、鬱乃森みたいなできた子に、そんな罪悪感しょわせた親は毒親だってことだけだ」


「はぁ~。もう、今日はびっくりすることばっかだよ。椿っちがLIME作ったとかさ! LIMEって作れるの?みたいな。

 でも、やっぱり椿っちは椿っちだね。ひねくれてるようでいて、まじめでまっすぐ」


「柚木の言う通りだな。

 俺が思うに、もし鬱乃森が責任を感じるんだったら、この際LIMEをとことんまで進化させちまえばいいんだよ。

 仲の悪い夫婦でも三日で仲直りできて、クラス替えがあった一週後には相性のいいクラスメイトとマブダチになれちまう、そんなアプリがあったら最強だぜ。

 今のLIMEがダメなら作り直しちゃえよ。コミュニケーションだって、失敗したとこからどうフォローしてくかが本番じゃねえか」


 俺と柚木の言葉に、鬱乃森はしばしぽかんとする。


 そして、耐えきれなくなったように噴き出した。


「ふふっ⋯⋯そうね。技術にいいも悪いもないわ。作る側、使う側がよかったり悪かったりするだけ。失敗したらまたやり直せばいい。

 なんか、すっきりしたわ。わたしはなにを悩んでたのかしら」


「ひとりで悩むからだよ」


「だって、わかりあえないんだもの。優秀と言われるカウンセラーや精神科医に助言を仰いだこともあったけど、わたしの言ってることを理解できないようだった。形ばかりの共感と傾聴。バカにされてるようにしか感じないじゃない」


「そりゃ、他人だからな。俺たちは友だちだから」


「でも、あなたの理論では、コミュニケーションは原理的に錯覚なのでしょう? 今、あなたとわたしがわかりあってるというこの感覚も錯覚なのかしら?」


「いや、俺たちだけは特別だ。錯覚じゃないことにしておこう」


「ぷっ。ズルいわね」


「好きな子を励ますためなら、いくらでもズルくなるさ」


「好きな⋯⋯って、えええっ⁉︎」


「な、なんで驚くんだよ。バレバレなんだと思ってたぞ」


「わたしはてっきり、あなたは柚木さんに気があるものだと⋯⋯。よくわたしに内緒で話をしてたし」


「あ、あれは、鬱乃森のことを相談してたんだよ!

 ったく、なんだよ。やっぱり錯覚だったんじゃねーか!」


 俺たちは二人で笑い合う。


「ちょっとぉ~。二人で雰囲気作んないでくれます?」


 柚木が、にやにや笑いながらそう言った。


「で、椿っち。告白へのお返事は?」


「えっ、うぇっ、そ、その⋯⋯」


「ほれほれ。早く答えてあげないとかわいそうだよ。フるにしても」


「よ、余計なこと言うなよ!」


 柚木の言葉に俺がつっこむ。


 そのあいだに、鬱乃森が冷静さを取り戻した。

 正確には、まだすこし頬が赤い。


 鬱乃森が咳払いし、俺に正面から向き合って口を開く。


「ーーそうね。正直、唐突すぎて、恋愛感情があるかどうかよくわからないの」


 俺はがっくりと肩を落とす。


「あ、ちがうのよ。よくわからなくはあるんだけど、あなたのことは好きよ。だから⋯⋯その、まずはお試しで付き合ってみる⋯⋯ということで、どうかしら」


「いいいやっほおおおおおおっ!」


 俺は叫んだ。

 心の底から。


 今のテンションならそこにあるガラスを突き破ってLIME本社ビルの頂点からヒモなしバンジーすることすらできそうだ。


「ちょ、そんなに喜ばなくてもっ」


「うはーっ。友だちの告白の瞬間に立ち会ってしまった! なんか変な汗かいちゃったじゃん!

 でも、ふたりともおめでとー!」


「ありがとう、柚木。おまえのおかげだ」


「いやぁ、あたしはなにもしてないって。加美山君ががんばったからだよ」


「まったく、二人で内緒話をしてるものだから何かと思っていれば⋯⋯」


「椿っちも何気に鈍いよね。これだけあからさまに好意向けられてさぁ。いつもいざって時には一緒にいてくれてるのに」


「まったく、返す言葉がないわ⋯⋯。その発想はなかったとしか」


「鬱乃森は美少女で天才のくせに妙に自己肯定感が低いからな。自分が好かれるなんてありえないみたいに思ってるだろ」


「さすが彼氏様、よく見てるわね。

 っていうか、わたしに合わせて加美山君が心理学の勉強をしてるのなんてあきらかじゃない。どうしてそこで気づかなかったのかしら」


 鬱乃森がぶつぶつと言っている。

 俺としては「彼氏様」のひと言に興奮してそれどころではなかったが。


「あ、そうだ。彼女ができたら真っ先にやりたいことがあったんだ」


「何? セックスとか言ったら怒るわよ」


「そ、そそそそんなこと思ってないし!

 っていうのは冗談でだな」


 俺はポケットからスマホを取り出した。



「――なあ、俺とLIME交換しない?」



 キメ顔で言った俺に、


「……嫌よ!」


 鬱乃森は、やわらかく笑ってそう言った。






―完―

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鬱乃森椿はつながりたくない 天宮暁 @akira_amamiya

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