骸となりて

 気を失っていたのだろう。私はずいぶんと深くまで落ちてきたらしい。そこに広がっているのは無だった。冷たくもないし、暖かくもない。それはただそこに広がっているだけ、私を受け入れも拒みもしない。静謐だけが、私の周りを満たしている。

 先へ進まなければ。そう思って身体を動かすと、腹部が痛い。たった一度、私よりも小さな鮫に噛まれただけで、私はこんな風に動けなくなってしまうのか。自分を嘲る。この程度の傷、彼に比べれば―――

 気づいたのはその時だった。背中にいた彼の気配がない。全身が震える。彼がいなければ、ここまで来た意味がない。

 無意識に必死に彼の名を呼んでいた。今の私では彼に話しかけることは出来ない。だからこんなことをしても無意味だ。それでも私は声の限り、彼の名を叫んでいた。彼を探しに、上に戻りたい。だが、それは禁忌。この旅路は還るための旅路。戻ってしまえば、私は、戻れなくなる―――

 

 はじめに、痛みが消えた。

 次に、視覚を失った。

 次に、感覚を失った。

 聴覚は元々切り落とされていた。

 色々なものを失ったあと、僕は最期に、僕の輪郭を失った。

 

 泡沫に潰えていく意識の間際、僕はここがどこかを理解した。

 

 海。自らの血と共に立ち昇る水泡たちは、魂だ。

 ここは魂の旅路。死せる者が行き着く結節点。それならば、僕が振り返ったときの痛みは理解出来る。 死に瀕したものが再び立ち帰るのならば、痛みは通り越さなければならないのだろう。そうでないものは、静かに自己を次の生命へと変換していく。結果として、僕はそのどちららも選ばなかったことになる。そうであれば、必然、僕はここで終わりだ。どこでもない道すがらに、僕は魂を解いた。

 結局、僕はどこにもたどり着けなかった。生前も、死後も。

 

 ふと、私は自分が止まっていることに気がついた。

 大丈夫、辿り着いたよ。だから、あなたもきっと、一緒に来てね。向こうで待っているから。あなたをずっと、待ってい――――――

 

 わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/マッテ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/モドシテ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あなた/ぼく/きみ/ワタシ/アナタ/ボク/キミ/わたし/あ

 

 生命続開完了。

 

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マリン・スノウはどこまでも 猿烏帽子 @mrn69

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