炎と怒り

 落ちていく。以前のように前に進んでいるのではなく、そのまま下黒い海へと落ちている。身体を動かそうとすると腹が痛む。この身体になってから久しく感じなかったこの痛み。でも、あの炎の中で感じた痛みよりはだいぶましだ。あれは心も身体も、何もかもを焼き尽くした。

「―――!」

 誰かの呼ぶ声がする。それと同時に、網膜にはかつての記憶がくすぶり始める。燎原の火のような勢いで流れるその記憶は、かつての自分の姿を映し出す。

「――――、―――!」

 あぁ、いつの日にか、こんなことがあった。必死に逃げようとしても、檻は頑丈で全く壊れない。私の細腕ではびくともしないその隙間から、こちらに向かってくる彼の姿が見える。

 手を伸ばす。届かないとはわかっていても、頼ってはいけないと理解していても縋りたくなる。

 「助けて!」

 思わず溢れだした叫びは山々にこだまして、それを嘲笑うように燭台の炎は燃え上がる。あぁ、遠い。どうやっても彼のもとにはたどり着けない。

 火の手が迫る。炎の間隙からあの子が地面に倒れ伏している姿が揺らめく。赤衣の人間が、彼の手に刃を突き立てる。

 やめて、やめて、お願いだから、彼には―――、

 一人が彼の頭を掴むと無理やりに上体を起こさせた。それから、耳に刃を当てるとそれを一気に振り下ろした。辺りには、彼の悲鳴が響き渡る。

 これほどに自分の無力を恨んだことはなかった。普通の家に生まれて、普通の幸せを享受して。普通の生活を送っていた。それだけを望んでいただけなのに。今はそれが、一番遠いところに行ってしまった。なぜ、神は私に祝福を与え給うたのか。

 あの子の薄れゆく悲鳴と意識とは裏腹に、炎はより勢いをましてこの身体を焼き尽くす。痛みと憎しみが頬を濡らす。私はたとえ、神の慈悲により命讃える海に還ろうとも、この記憶だけは離さない。炎がこの記憶を洗い流すというのなら、私はなんとしてでも、この場所に辿り着いてやる。私はここに、私の呪いを残す。

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