離別

 暗闇と無音。

 僕とスノウは揺蕩い続けている。僕とスノウの旅路は変わらない。たまに浮かんでくる記録の泡には触れないことにした。彼らには目指す場所がある。むやみに触れて弾けさせてしまうのは良くない気がしたからだ。

 僕は相変わらず、夢と現実の間にいるような感覚だ。あぁ、また眠くなってきた。まぶたを閉じるその間際、僕は突然懐かしい感覚に襲われた。

 痛い。忘れかけていた触覚が虚ろな脳を呼び覚ます。鋭い痛みにたまらず声を上げる。目を開けてみると、そこには僕の右腕に食らいついている赤い鮫がいた。歯を肉に突き立てて、食い千切ろうとするように、体を捩らせる鮫。僕は波のように襲ってくる痛みから逃れようと、鮫を引き離そうとするが、力が足りず刃が余計に食い込んでいく。あまりの痛みに涙さえ出てきた僕は、がむしゃらに左腕を振り回して鮫を殴りつける。力いっぱい振り回しても思うように体は動かない。足で蹴りつけても引き離すほどの威力が出ない。僕は自分が今どこにいるのかを再び思い知らされていた。

"嫌だ嫌だ、嫌だ。あの時みたいなのは嫌だ!"

怒りか、恐怖か。僕の左腕は先よりも威力を増し鮫の鼻あたった。鮫は嫌がる素振りを見せて離れていった。

 血が溢れていく、もうほとんど食いちぎられているその右腕を抑え、痛みに顔が引きつるのを感じた。

 赤い鮫は、漂う血を舐めるようにスノウの周囲を漂っていたが、スノウの白い巨体の下に潜っていった。

 直後、スノウがけたたましい鳴き声を上げ、その巨体を震わせ始めた。下からは記憶の泡と混じり合うように大量の血煙が立ち昇ってきた。どうやら腹を噛まれているようだった。悲鳴を上げながら暴れるスノウの巨体に弾き飛ばされる。鈍い痛みが腹から這い登ってくる。スノウは深い暗闇へと落ちていった。

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